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ブランダム再び その1 [ブランダム再び]


 言語的な動物と非言語的な動物について・・・連続性か、非連続性か。

 当然ブランダムは非連続性。

 たぶん言語を意識する思想家は非連続性だと思われる。



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ブランダム再び その2 [ブランダム再び]


 概念に関するプラトニズムか、プラグマティズムか。

 もちろんブランダムはプラグマティズム。

 後期ヴィトゲンシュタインもそう。

 逆に前者は前期ヴィトゲンシュタイン。

 「主体の欲望の源泉は他者の欲望だ」という主張はどちらに属するのだろう。

 たぶん後者だ。




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ブランダム再び その3 [ブランダム再び]


 志向性の本拠地は心か言語か。

 ブランダムは「言語的プラグマティズム」なので後者。

 そもそも「心」をどうやって示すのか、という問題があり、結局それが表象化されるのは、過去から現代に至るまで言語しかない。

 ただし将来的にはそうではなくなる可能性がある。




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ブランダム再び その4 [ブランダム再び]


 概念的な活動の種類は、表象か、表現か。

 単純に言えば「知覚的表象」か「言語」か。

 語の使用を前提とするブランダムは後者。

 シニフィアンを「表象」と考えるか「言語」と考えるかによって、ニュアンスが変わる。

 この辺りの判断は、個人的には微妙だと感じている。

 で、前にも書いたが、「実存」「表象」「言語」のどこに力点を置くのか、という立場の違いを考えるのは、ブランダム的な発想に基づいている。




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ブランダム再び その5 [ブランダム再び]


 概念的なものを区別する・・・内包主義か、推論主義か。

 『推論主義序説』という本を書いているブランダムは後者。

 言語をどのように使うかということにおいて、相手(主として母親)の反応を探りながら言葉を学んでいく人間を、「推論主義」と呼ぶのにふさわしい。




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ブランダム再び その6 [ブランダム再び]


 意味論的説明はボトムアップか、トップダウンか。

 プラグマティズムでは、語や概念については使用ということを前提にするが、意味の付与はトップダウンになる。

 ただし、「意味の付与」自体が「言語」そのものではないところから発せられた場合、どう考えるべきか。





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ブランダム再び その7 [ブランダム再び]


 原子論か、全体論か。

 ブランダムは推論主義でトップダウンなので、後者。




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ブランダム再び その8 [ブランダム再び]


 伝統的な表現主義か、合理的な表現主義か。

 伝統的な表現主義とはなにか。

 身振りや感情による表現を認める、ということだ。

 合理的な表現主義とはなにか。

 身振りや感情による表現は、すべて言語による表現に置き換えられる、ということだ。

 ブランダムは後者。

 ただし表現することによって心理への影響度は強いこともあり、個人的には態度を保留している。

 つまり、表現することにおいて、合理的ということ・・・つまり狂っていないこと・・・は必ずしも言えない可能性がある。






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ブランダム再び その9 [ブランダム再び]


 論理の意味論的役割は、認識論的なのか、それとも表現的なのか。

 ブランダムは後者。

 ブランダムは「主張=意味論的自己意識」と考えている。

 その主張による表現を基に、推論し明示化していく。

 その過程こそがブランダムの本意だ。

 オレはほとんどブランダムに同意しているが、産みだされる意味が「合理的」で「正しい」とは限らず、また「自己意識」の定義がなかなか難しいと考えているので、ブランダムほど楽観的ではない。




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