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扱いが難しい年頃 [無意味的会話術]


M「扱いが難しい年頃って言われちゃった」
監「おお、久しぶりじゃん、元気なの」
M「扱いが難しいけど、元気だよ」
監「なんだよ、絡むね今日は」
M「絡んでないよ、久しぶりだから勝手がわからなくて」
監「そんなの勝手にすればいいよ」
M「いやだからその勝手が難しい年頃なの」
監「お、今日は冴えているね」
M「いつも冴えてるよ、ボクは。老人の監督とは違いますよーだ」
監「うんうん違うね」
M「監督はお金持ってるって言ってたわね」
監「ビンボーだよ、ビンボーダンス踊ってやろうか」
M「バカじゃないの」
監「バカでーす」
M「では監督のお金でバーッと行こうか」
監「なんだよ、オレの金でって、ひどいなあ」
M「何ならSさんも交えて3Pとか」
監「おまえさあ、新橋で飲んでるエロ親父みたいなこと言うなよ」
M「前にも言ったけど監督がボクを下品にしたんだからね、責任とりなさい」
監「責任って、オレは無責任だから責任は難しいな」
M「そんな無責任なことを言ってはいけません、オトナなんだから」
監「永遠の少年ってことで勘弁してください」
M「絶対無理」
監「出たな4字熟語」
M「違うでしょ」
監「違うなあ、確かに」
M「なんか最近楽しいことがなくて」
監「友達と旅行に行ったんだろ」
M「もうすっごい楽しくて、また行きたくて、だから監督お金ちょーだい」
監「だからビンボーダンスだって言ったじゃん」
M「ああ、ボク、踊りたくなってきた」
監「なんだよ」
M「クラブ連れてってよ」
監「やだよ、うるさいし、ガキばっかだし」
M「なによ、いつもウルサイ音楽聴いているくせに」
監「たしかにそうだな」
M「よし、きまり」
監「決まらないだろ、どこに行くんだよ」
M「六本木かな」
監「遠いな」
M「タクシーでいこう」
監「絶対無理」
M「監督、4字熟語・・・じゃないけど、ボクが先に言ったんですけど」
監「絶対無理無理」
M「おいおい、何言っちゃってんの、この人」
監「無理無理無理無理」
M「こら、狂ったふりしてもダメだよ」
監「ということで、今日はおしまい」
M「終わってないし」
監「人生に疲れたよ」
M「歳だから仕方ないわね」
監「そういう年頃ということで」
M「まあ、今日はこの辺で勘弁してあげるよ」







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ラカンとかそういうヤツ おまけ その4 [無意味的会話術]


・・・・
監「しかしオレたちってマジメに話しているよな」
S「そうかな、極めて不真面目だぞ、とくに監督は」
監「しょうがないじゃん、そこがオレの売りなんだし」
S「ちぇっ、マジメに考える身にもなってよ」
監「まあまあ、今度奢るから」
S「たまには高いところで飲みたいな」
監「そんな金はない」
S「またまた、持ってるくせに」
監「持ってるわけないじゃん」
S「株式投資をやっているだろ」
監「ああ、最近ようやく元が取れてきたような」
S「スゴイじゃん」
監「つーか、安いときに買って持っているだけだからなんとも」
S「それを利確して飲みに行こうぜ」
監「まだまだ膨らませる予定だからダメ」
S「そんなこと言っていると暴落するぞ」
監「空売りもやってるし」
S「へえ、本格的だね」
監「普通だよそんなの」
S「スタンスは中長期だっけ」
監「2、3年持ってどうかってのがオレには合っているのかな」
S「それはそうと次のネタはどうすんの」
監「どうしようかね、そもそもシリーズ化するなんて考えてなかったし」
S「オレよりMちゃんが出てたほうが受けがいいんじゃないの」
監「Mはなあ、いい子なんだけど、扱いが難しい年頃に」
S「オレは硬派な学問ネタなら何でもいいぜ」
監「んー、じゃあSの独演会でも企画しようか」
S「ダメだよ、ブログなんだから会話形式の方がいいだろ」
監「文章が長いと読んでくれないからな」
S「オレはいくらでも長文書くよ」
監「まー穴埋め程度にお願いしようかな」
S「穴埋めだったらやらない」
監「そりゃそうだよね。まー考えておきます」
S「よろしく」
・・・






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ラカンとかそういうヤツ おまけ その3 [無意味的会話術]


・・・
監「メイヤスーの親分のバディウが、ラカンについて書いているんだよね」
S「バディウは数学と精神分析と毛沢東の人だから」
監「まずは数学的存在論か・・・これはメイヤスーに受け継がれている」
S「カントールの集合論を存在論に・・・ってなんでやねん、という内容だし」
監「でも無から有を産み出す根拠を数学にってのは画期的じゃん」
S「オカルトだよ」
監「そうだけど、オモシロいからいいじゃん」
S「不真面目だな」
監「そっちが生真面目すぎるんじゃないの」
S「永遠に噛み合わないな、オレたち」
監「思想は論理的厳密性よりエンタメ性の方が重要だと思う」
S「さっぱりわからない(キッパリ)」
監「・・・ええと、そういえば、ドゥルーズのバディウの係わりってどうなのよ」
S「存在論における<一>と<多>の対立概念からの脱却ってことかな」
監「そうするとどうなるのよ」
S「その質問に気持ちがこもってないな」
監「だってデリダとかドゥルーズは<脱却>ばかりなんだもん」
S「外へ向かう思考ってことだからな」
監「ラカンでは現実界は外ってことだけど」
S「なるほど」
監「それほど力動的というか交通的な扱いはしていない」
S「ドゥルーズと比較してってことだね」
監「つまり脱却ってのは静的なものから動的なものへってことでいいのかな」
S「そう、それが公式みたいなもの」
監「で、毛沢東はなんなの」
S「政治思想面だけど、これは説明が難しいな、評判悪いし」
監「中国でのその後の評価と、当時(68年前後)のフランスの<気分>に落差があるってことだね」
S「立場によっていろいろあるから言いにくいけど・・・オレはサヨクじゃないから詳しくないし」
監「オレはウヨクだよ」
S「また適当に言ってるな、日和見主義だって言ってたじゃん」
監「忘れてた・・・で、ラカンなんだけど」
S「バディウの文脈だと、吉本でいうところの『対幻想』みたいなもんかな」
監「ああなんとなくわかる」
S「本当にわかるの」
監「いやオレはいつでもテキトーだし」
S「でも監督は吉本も読んでいるよね」
監「全部は無理だけど、あのおっさんはオモシロいから」
S「でも政治的な影響は受けないんだ」
監「オレは抑圧が得意だからね、アルチュセールを読むときもそうだし」
S「そうか、便利だな」
監「・・・うーん、バディウの話はなんとなく身にならない感じだからカットするよ」
S「カットでいいんじゃない。バディウはジジェクの時にセットでやればいいじゃん」
監「そうだなあ、正直バディウについては興味が薄いから忘れることが多くて・・・」
S「そろそろ介護が必要か」
監「うるせー」
・・・






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ラカンとかそういうヤツ おまけ その2 [無意味的会話術]


・・・・・・
S「しかしラカンは分かりにくいよな」
監「オレのせいじゃないだろ」
S「監督のせいにしたくなるよ、これは」
監「そもそも精神分析って変な学問でさ」
S「例えば」
監「臨床って理論の出発点で、決して終点じゃないわけ」
S「意味がよくわからん」
監「で、ラカンの書き方は、彼のテクストを出発点として考えろってことなのよ」
S「マジかよ、ややこしいなそれは」
監「だからエクリは難解だし翻訳もあまりうまくいかない」
S「セミネールが重宝されるのはそういう理由か」
監「変な言い方してるから、難しいんだけど、エクリに比べればまだわかる」
S「それでも分からないところが多いだろうな」
監「たぶん詩を読み取る訓練をすれば多少は見えてくるものがあるはずだけど」
S「そうなんだ」
監「つまり、ラカンは「オレ様のテクストを享楽しやがれ!」って言いたいんだろうな」
S「・・・うーん、そうなのか・・・」
・・・・・・






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ラカンとかそういうヤツ おまけ その1 [無意味的会話術]


・・・・・
S「ところで、フロイトとラカン以外、精神分析で面白いテクストがないのはなぜだ」
監「詰将棋を解くのと作るのは、才能が違うんだよ」
S「どういう意味だよそれ」
監「フロイトは、無意識の原理だとか成立過程を様々な仮説を立てながら追究し続けた」
S「だから読む価値があると」
監「ラカンは、解くべきパズルとしてテクストを提出し続けた」
S「なるほど」
監「それ以外の人は、無意識を見出した方法など、臨床経験を語ることが多いよね」
S「ふーん」
監「だからフロイトとラカンは別格だって話」
S「精神分析の理論化は、臨床とは別の才能ということかな」
監「パズルの原理を語るとか、パズルを作るとか」
S「うん」
監「これらはパズルを解くのとは別の才能ってことなんじゃないの」
S「なるほど、パズルを解くのが精神分析の技法という意味で言っているわけね」
監「そう、だからこそオモシロいテクストを書く分析家は限られている」
・・・・・・






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ラカンとかそういうヤツ [無意味的会話術]


S「素人ラカン派の監督、こんにちは」
監「なんだよ、その入り方は」
S「いつも先に言われるから」
監「それはSが油断しているからだよ」
S「今回は監督が油断してたな」
監「だってネタがラカンだろ、やる気ないよ」
S「まあそう言わずに。そもそもラカンを読み始めたきっかけは何なの」
監「昔から精神分析には興味があって、フロイトをそれなりに読んでいたわけ」
S「当時は著作集だっけ」
監「そう、人文書院のヤツ」
S「そこへ構造主義など現代思想の波がやってきたと」
監「当時オレはアルチュセールでお腹いっぱいだったから、ラカンは要らなかったんだけど」
S「え、アルチュセールなんだ」
監「そうそう、彼から共産主義を抜いたら結構楽しい読み物になるよ」
S「どうしたら、そんな読み方が可能に・・・」
監「精神分析では抑圧というのがありまして・・・」
S「ジジェクはマルクスを強調しているけど」
監「いやマルクスはオモシロいけど、精神分析とはまた別のアレだから」
S「フロイトからアルチュセール経由でラカンと」
監「・・・なんとなく」
S「でも監督は経済学部だろ」
監「その通りです」
S「フロイトやアルチュセールとかラカンは関係ないじゃん」
監「単なる趣味です」
S「それは悪趣味だな。当時の邦訳はあの『エクリ』だろ」
監「一応3冊とも買いました」
S「それはもったいない」
監「普通に読んでは読めない、ということが分かれば充分お釣りがくる」
S「へえ。でもなにをどうやっても読めないってのが定番だろ、あの翻訳は」
監「・・・オレの口からは何も言えません」
S「なにをビビっているんだ」
監「・・・ヒステリー者のディスクールってわけだ」
S「なんだよそれ」
監「説明がめんどくさいけど、ヒステリー患者の言説と構造を似せると」
S「何のメリットがあるわけ」
監「解読してもらうことが、分析家育成になるってことなんだろうね」
S「ふーん」
監「つまり、ある程度解読する技術のないやつには読めない」
S「いやわかるけどスゴイよね」
監「で、長くテクストとして読み続けるようなアホだけがラカン派として学派を形成するわけだ」
S「デリダにもそんなところがあるような」
監「それでもデリダには、それなりに理解してもらおうという意図が明白でしょ」
S「まあ確かに」
監「ラカンは、象徴界にピン止めされるような書き方を拒否するんだよね」
S「理解されないように書くにもかかわらず、オレ様を理解してみろ、というわけだ」
監「そうそう、解読するという習慣があれば、少しずつ理解できる・・・はず」
S「それでよく弟子がいるよね」
監「セミネールってのがあって、カリスマ性と「知っていると想定された主体」を利用して」
S「ふーん。・・・じゃあ監督も理解しているわけだ」
監「いやたぶん、それなりに、ってレベルにさえ達してないけど」
S「それじゃ困るよね」
監「ところが最近ラカン関係の日本語の文献が充実しつつあるんだよ」
S「ラカン対ラカン(向井雅明『ラカン入門』)とか日記で書いてたね」
監「んまーそれもそうだし『リチュラテール』とか」
S「佐々木孝次『リチュラテール論』か」
監「邦訳がそれも含めて三種類あるって話。佐々木さんの解説は、オレ読んでないけど」
S「なんだよ」
監「ラカンを知るならフィンクが一番お薦め、後は遠回りだけどジジェク。それ以外は薦めない」
S「フィンクはどういうところがいいのかな」
監「要するにラカンのテキストは曖昧なわけ。で、そこにフィンクは簡潔な問いを投げかけている」
S「それはジジェクもそうなの」
監「ジジェクは自由連想的な問いと答えを交互に矢継ぎ早に語り続ける」
S「そして逸脱していく」
監「そうだね、次の瞬間には別の話題になっているという」
S「いずれもなんとなくラカン的な方法論を踏襲しているのね」
監「あと、二人ともミレールの影響が大きい」
S「現代ラカン派の総帥か」
監「フィンクは、ラカンが曖昧なことを言っているってことを強調し続ける中で、解答を得ようと・・・」
S「そういう感じなんだ」
監「フィンクの言い方は簡潔なんだけど、真面目にラカンの変態文脈を追っているんでオモシロい」
S「一方でジジェクは不真面目にやっているとか」
監「うーん、彼は不真面目な振りしてマジでしょう」
S「あと、松本卓也とかどうなの」
監「日本語の論文としては素晴らしいけど」
S「けど・・・なんだよ」
監「でもやっぱりラカンの全体像を無理気味に提供しようとしているのはちょっと抵抗が」
S「いいじゃん全体像くらい」
監「(オレも含めて)みんながそれを求めていたから仕方がないんだけど」
S「世間は全体像を求めていたにもかかわらず、ラカンの考えは全体像を否定していると」
監「マルクス・ガブリエルが「世界は存在しない」というのと同じ理屈で」
S「全体など存在しない・・ということか」
監「全体像という意味では、ラカンのオモチャはずっと「欠如」だったという説もあるし」
S「だから否定神学と言われる」
監「否定神学的なのは象徴界の話で、現実界はただの基地外沙汰だけどね」
S「厄介な思想家だね」
監「一貫性がないから思想家とは言いにくい」
S「監督はずっとその立場ね」
監「だってデリダとラカンを一緒に考えるという発想は哲学的ではないよ」
S「じゃあ精神分析的ってことか」
監「少なくともデリダはそう思っていた・・・はず」
S「デリダ的精神分析ってありえるのかな」
監「あると思えばある、でいいんじゃないの」
S「なんだか投げやりじゃん」
監「つーか、ラカンが死んだのにラカン派を名乗ってどうなのって気がするわけ」
S「なるほど」
監「ラカン派を名乗っていると何時までたってもラカンから抜け出せない」
S「そういうことね」
監「フロイト、ユング、ラカンとか、クラインやビオンでもいいけど、固有名詞が強くないと」
S「精神分析学の継承の基本は個人商店ってことか」
監「店主が代わったら店名を変えたほうがいい」
S「そういう話ね」
監「そして、どんどん理論は変化したほうがいい」
S「時代の変化に合わせて・・ってことか」
監「ラカンのテキストを読むのはオレみたいな時代遅れのジジイしかいないってのが理想だろ」
S「その「ジジイ」にはオレも含まれているのか」
監「フロイトは創始者だし他に手ごろな手掛かりがないから今でも読まれるべきだけど」
S「それはなんとなくわかる。根本的な弱点のような気もするけど」
監「で、精神分析の話は大学的ディスクールでは伝わらないことが多いし」
S「監督がそう思っているだけじゃないの」
監「まー確かにフィンクは大学的ディスクールで書いていると言ってもいいかも」
S「精神分析は独特の二項関係の体験を基にしてるからってことだろ」
監「そうそう、よく知っているね」
S「監督がそう言ってたじゃん」
監「まーね」
S「で、ラカン理論のポイントって何よ」
監「「享楽」だね」
S「断言したな。「シニフィアン」じゃなくていいんだな」
監「欲望のグラフでは、享楽はシニフィアンの上にある」
S「そんなの知っている人少ないじゃん」
監「いやなんでも良いんだけど、松本卓也の『享楽社会論』が出たばかりだし」
S「で、享楽って何よ」
監「快楽と違って、圧倒的過ぎて身体が傷ついてしまうようなモノ」
S「限度を超えていると」
監「で、主体は超自我に「享楽せよ」という命令を受け続けている」
S「よくわからないけど、そうらしいな」
監「で、ファルス享楽は常に失敗するわけだ」
S「わけわからないぞ」
監「隣の芝生は青いのといっしょ」
S「なにを言っているんだ」
監「必然的な幻想として、他者の方がもっと享楽しているのに、と感じてしまうこと」
S「ああああ、幻想だけど必然なんだ」
監「そもそも『真理』はフィクション的だって話もあって」
S「でもそれ言い始めると何も信じられないというか」
監「スゴイよね、マジメに勉強するのがバカらしくなる」
S「そうか、そういうロジックの飛び方が平気で行われていると」
監「その前提にあるのは臨床経験つーかビョーキだから認識論的断絶は当たり前」
S「でもさ、もう少し何か根拠が」
監「二項関係でプライバシーの保護もあるから、密室の臨床経験は表には出ない」
S「あっそうか、反証可能性を実践したくても、原理上証明しようがないってことか」
監「だから明らかに科学ではない。一方で現代人は科学的思考以外には慣れていないし」
S「学問的な言説として・・・という前提ではね」
監「さすが、ナイスフォロー」
S「日本での歴史教育はずっと唯物史観だったし」
監「そういえばそうだな」
S「いや、逆になんとなく精神分析というかラカンの位置付けが見えてきた」
監「ジジェクにとってドイツ観念論が原理的なのも、唯物論至上主義への逆襲だろ」
S「じゃあガブリエルも似たようなものか」
監「ガブリエルは科学至上主義への逆襲だね」
S「お、さすがに読み終わったな」
監「そして今日のラカンの説明ですら一つの位置付けに過ぎないんだよ」
S「うんうん、本当に厄介だね」
監「一番厄介なのは、ラカンが自分自身を厄介に見せようとしていたことだったりして」
S「だからジジェクが『厄介なる主体』を書いたとか」
監「そうじゃなかったような・・・。あれは純粋なコギトというより政治的な・・・」
S「・・・うーんイマイチよくわからないけど、分からないということがよく分かったよ」
監「そうそう、ラカンを読み始めると人生を棒に振るからやめた方がいいと思います」
S「分かりました・・・って、もしかしてこれがオチか」






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世界は存在しないとかそういうヤツ [無意味的会話術]


監「『M・ガブリエルはポストモダンの枠の中にある』と断言したS君こんにちは」
S「なんだよそれ、あとから言い換えただろ」
監「いいんだよ、オモシロければ」
S「ところで『なぜ世界は存在しないのか』の邦訳出たけど、読んだ?」
監「今、宗教のとこ読んでる」
S「ああ、ラカンのとこね」
監「そうだっけ」
S「宗教は二つあるってことだろ」
監「話が飛ぶね、まーそうそう。ひとつは大文字の他者でもうひとつは無限だと」
S「大文字の他者はフェティシズムの意味で」
監「そうそう」
S「なかなかイケるだろ」
監「オモシロい本だな」
S「そうだろ、推薦しておいてよかった」
監「Sはドイツ語で読んだの?」
S「英語」
監「まーアカデミックなことで」
S「英語くらい読めるだろ」
監「読めないよ帰国子女じゃあるまいし。ニューロン不足で特に思想書は読めない」
S「(ニューロンは関係ないだろ)こっちも帰国子女じゃないけど。で、どう思った?」
監「世界は存在しないって話と、新実在論の話は若干断絶がある」
S「さすがだ。監督ならそこら辺は必然的に連結していると言うと思ったけど」
監「もしかしてバカにしてたのね」
S「いや、さすがだ、って言ったじゃん」
監「だって、その二つについて書いているって最初に断言しているんだから」
S「その二つは、すこしロジックが飛んでいるんだよな」
監「新実在論の主張はある種の欲望の結果だとは思うけどね」
S「ガブリエルには大きなお世話だろう」
監「ピーター・ガブリエルは元気かな」
S「突然ロックの話をするのはやめなさい」
監「ちぇっダメか。・・・世界は存在しない話にしても、あまり納得はしなかったけど」
S「そこのロジックは整っていると思うけど」
監「でもそれ前提でその他のものが存在するんだからまーいいかと」
S「ああ、そういう意味か」
監「でもあえて蒸し返すと『世界』という言葉は存在するんだぜ」
S「いやそこにどういう意味があるのかってことだから」
監「つまり『世界という言葉はあっても、世界を考える意味はない』と」
S「そういうこと」
監「というより、こういう存在論的に『正しい』とされるロジックを手持ちにしていたほうが・・・」
S「応用が利くってことね」
監「そして、『正しい』が決まれば『狂気』を展開しやすいっていうか」
S「監督の目的はそこかよ」
監「手持ちのカードがヴィトゲンシュタインとガブリエルの二つになったのはありがたい」
S「そういってもらえると薦めた意味もあるかな」
監「一方でフロイトの『メタサイコロジー論』を読んでいるわけで」
S「普通はそこでいったんシェリングに行くと思うが」
監「悪かったな変わり者で」
S「で、フロイトと何かつながるの?」
監「今のところはまだ。ただこうやって意味論が復活してくると、人文系の存在価値も上がるかな」
S「それもガブリエルの狙いだと思う」
監「唯物論的科学主義との接近を匂わせていたメイヤスーとの差別化もできているし」
S「メイヤスーは唯物論がベースだからね」
監「周囲に対して人間がどう関与するかってことを中心に考えるのが新実在論ってことね」
S「そうそう、意味を持たせる・・・意味がないことも含めて・・・のが人間の役割ってこと」
監「しかし必然的ではないモノを偶然と呼ぶのかはともかく、確率として捉えると意味が出てくると」
S「あー? ああメイヤスーの話か」
監「それもまたひとつの『意味の場』によるものだと」
S「そういう面ではズルイ表現だよね、ガブリエルは」
監「そう。ご都合主義と言ってもよい」
S「それは言い過ぎだよ」
監「あと、新実在論の歴史的な位置づけの話で、形而上学の意味合いが曖昧だとか」
S「どういう話だっけ」
監「序章(邦訳P10)のとこでポストモダンは形而上学の派生形態だって断言している」
S「そうだね」
監「一方(邦訳P16)で形而上学は古い実在論だって言っている。これはおかしいだろうと」
S「なるほど、矛盾じゃないか、というわけだ」
監「個人的にはどうでもいい話だけど、気になる人はいるみたい」
S「たぶん『意味の場』が違うんだろうね」
監「オレはともかくSがそんなこと言うなよ」
S「・・・なぜ怒る」
監「そう逃げるのがガブリエルのズルイところだと主張するぞ」
S「主張してもいいけど笑われるだけだぞ」
監「・・・分かりやすい説明をお願いします」
S「(急に態度を変えやがって)ええと、確かに形而上学ってなんだよってことだな」
監「たぶんそれぞれの箇所で形而上学の定義が違うからだと理解しているけど」
S「形而上学ってのは『この世界全体についての理論を展開しようという試み』がガブリエルの定義」
監「その『世界全体』ってのが説明不能だから、定義が違ってくるのかなと」
S「一般的には、形而上学は、感覚を超えて実在を把握しようという思想の動きをあらわす」
監「そうだね」
S「だから素朴実在論を含むという考え方も、半分くらいはありえるかな、と」
監「そりゃそうだ」
S「でも別の観点では形而上学は抽象的で、実在的な見方と対立するって考え方もある」
監「なんとなくわかってきた」
S「形而上学と素朴実在論って、一緒のようで別のようで・・・難しい関係なんだよ」
監「時代としては同時代的だけど・・・ってことだろ」
S「そう。で、別と考えると形而上学は構築主義とかポストモダンと結びつく」
監「そうだな」
S「一緒と考えると形而上学は古い実在論と当然結びつく」
監「さすが、分かりやすい」
S「でも監督が言ったように形而上学は発想が『世界(全体)』に向かっている」
監「そうなんだよな」
S「だから存在論的には無理があると」
監「無理だからこそオモシロいってわけね」
S「そうなんだけど、この本ではオモシロいとは書かないし、主旨として書けない」
監「まー確かにジジェクと共著なんてのは、この本の主張だけではありえないからな」
S「だろ。単にドイツ観念論の愛好家という共通項だけで、共著などしないし」
監「神話とか狂気の話は応用篇ってことね」
S「監督の得意ジャンルだな。あ、それで『メタサイコロジー論』なのか」
監「そこまで考えていませんよっ」
S「あら、そう」
監「それはともかく、これでドイツ観念論が復活するといいけど」
S「無理だろう」
監「無理だろうなあ、残念ながら」
S「ヘーゲルくらいオモシロい哲学はないんだけど」
監「たしかに理解されにくいかもね」
S「カントですら『なにそれ』って人もいるし」
監「うーむ、なんとなく・・・唯物論がいけないって気がしてきた」
S「つまり共産主義とか科学主義が悪いと」
監「いや単純にマルクスが悪いって話でもないけどさ」
S「ドイツ観念論復活という話としては、マルクスが悪いってことでいいのかもよ」
監「・・・すげーじゃん。オレたちって今度は右翼宣言かよ」
S「それも無理があるけどね」
監「よし、ジジェクに対抗して右翼的ラカン派でも形成しようか」
S「いずれにせよ、監督と一緒にしないでほしいね」
監「なんだよ裏切り者」
S「いいじゃん、お互い日和見主義ってことで」
監「確かに。返す言葉はございません」


なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

なぜ世界は存在しないのか (講談社選書メチエ)

  • 作者: マルクス・ガブリエル
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/01/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)









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マルクス・ガブリエルとかそういうヤツ [無意味的会話術]


監「メイヤスーを『懐疑論と素朴実在論の組み合わせ』と一刀両断したS君、こんにちは」
S「しつこいねえ。まだそれを言うか」
監「いやいや、最近ますますSの説が正しいと確信しているわけで」
S「あら、それはありがとう」
監「単純な図式で言うと、カント以前は『素朴実在論か、形而上学か』の選択だったと」
S「単純化し過ぎだよ」
監「まあまあ。で、カントからポストモダンまでが相関主義だと」
S「『構築主義』とも言うけどね」
監「で、ポストモダンの先が、M・ガブルエルによると、新実在論だと」
S「その図式で考えるなら、メイヤスーは素朴実在論へと戻って相関主義を否定した」
監「だよね」
S「で、ガブリエルの立場はポストモダン以降の本当の潮流を作った・・・という構図かな」
監「そうそう。そして、その構図にも、実は疑問の余地がある」
S「そうだな」
監「ガブリエルって基本は後期シェリングなんだろ」
S「その通り」
監「だから、キルケゴールの実存的なものに至るのは自然な流れだよね」
S「それが新実在論に至る動機というかきっかけだというわけね」
監「枠組みを拝借したというか」
S「ある意味パクった」
監「で、メイヤスーの思弁的実在論は、結局観念論的だと」
S「ああ、ガブリエルの主張では、メイヤスーはヘーゲル的ってことね」
監「そうそう。で、自分の説は後期シェリング的だと言いたいわけだろ」
S「だから実在論と言っても、色々立場の違いがあって、一括りにできないよな」
監「ガブリエルの評価は『ドイツ哲学の逆襲』みたいなノリもあるみたいだし」
S「ゲルマン魂は死なず・・・か」
監「サッカーのワールドカップになると突然民族主義が高揚するみたいな」
S「確かに、今のヘーゲル研究の主流はアメリカだから」
監「ただガブリエルの新実在論って本当に実在論なのか、という疑問は残る」
S「言葉は変だけど言いたいことは分かる」
監「だって、観察する人がいないと存在を認めないという立場だろ」
S「確かに相関主義というか構築主義と、どう違うのか、その違いが明解ではない」
監「さすがSはよくわかってるね」
S「メイヤスーが素朴実在論に戻ったというなら」
監「うんうん」
S「ガブリエルはポストモダンの枠の中にある」
監「がーん・・・マジかよ」
S「いや極論だけどさ」
監「極論とはいえ」
S「別の言い方をすると、素朴実在論も構築主義も含めたものが新実在論ってことかな」
監「ああ、そういう見方の方が分かりやすい」
S「結局ガブリエルは自然科学的な見方は数ある『意味領域』のひとつに過ぎない、って立場だし」
監「それだと、ポストモダン的な相対主義的な発想との差別化ができない」
S「まー、そういうことでもいいか(相対主義とは少し違うけど)」
監「だから、ガブリエルの実在論って結局何だろう、って思う」
S「ポストモダンの枠の中にあるというのはそれほど変でもないだろ」
監「なんとなくね」
S「で、メイヤスーの話の時に、監督が科学的実在論じゃダメなのかなーって言ってたじゃん」
監「言った。でも、なんとなくメイヤスーの言いたいこともわかるけど」
S「言いたいことって」
監「カントの認識論的限界を認めるのだったら、すべてが理由律に縛られる必要はないと」
S「そうだな」
監「だから科学的実在論と言いにくい側面もある」
S「ああなるほど。でも科学って漸近的に真理に近づくもので、常に全部が解明されてはいない」
監「ああそうか。いや、・・・そうなのかなあ。うーん、もう少し考えないと」
S「まあいいや。悩んでくれ」
監「うむ」
S「で、科学的ってことに関してはガブリエルにも言えるわけ」
監「どういうこと」
S「自然科学的発想の優位性みたいのが一般的な常識としてあるけど」
監「ああ、優位性か」
S「そう、ガブルエルの発想だと他のオカルト説と立場が一緒で優位性がないわけ」
監「じゃーガブルエルはダメってことじゃん」
S「て言うより、これからの問題でしょ」
監「ええと、まだまだガブリエルとかメイヤスーの議論は煮詰まっていないから中途半端だと」
S「そういうこと」
監「ではこれからの彼らの議論に期待するということで」
S「両者とも、特に科学的実在論との関わりとか優位性をどう考えるべきか」
監「なるほどね。そして今回はオチはないと」
S「残念ながら。こんな話にオチは要らないだろ」
監「うーむ、困ったもんだ」






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脱存在論とかそういうヤツ [無意味的会話術]


監「メイヤスーを『懐疑論と素朴実在論の組み合わせ』と一刀両断したS君、こんにちは」
S「なんだよ、その紹介」
監「あのあとしばらく、『素朴実在論と言ったけど大丈夫かな』と不安がっていたと」
S「そういう内幕を表に出してはいけません」
監「超自我が『暴露せよ』と言っているわけで」
S「誰もそんなこと言ってないよ、超自我も言ってない」
監「いやしかし、それほど間違った話ではなかったね」
S「アバウトでザックリで、というのは監督の影響だな、反省しよう」
監「いいんだよ、浅田センセもメイヤスーを一刀両断していたし」
S「『人間は死んだ』とか偉そうに言っているのと一緒だと」
監「でも、不完全な相関主義を補完するために実在論を対置するという発想は良いと思う」
S「なんなの、その掌返しみたいな」
監「物自体をどう捉えるかってのはいろいろな角度で議論があってもいい」
S「その気持ちは少しわかるけど」
監「つまり理解できないと」
S「どちらかというと、理解不能の側」
監「メイヤスーの哲学史的な意義は認めているわけよ」
S「相関主義で大括りするってのは、そういうことだけどね」
監「思考と存在は別々で、無関係だけど、一緒に考えることは可能だ、と」
S「それを矛盾と捉えるか、正しい現実認識と捉えるかでメイヤスーの評価が変わる」
監「ただ、実在を捉えるのに必然性じゃなくて偶然性ってのはね」
S「必然性だと論理的な手続きになるけど、メイヤスーは、そこは全然違うよと」
監「実在は機械的と言ってもいいような偶然性で、人間の関与は関係ない、てな感じかな」
S「表象自体が偶然性ではないよ、って話の方が納得できるんだよな、個人的には」
監「お、出たな。それはドイツ観念論だろ。いつから宗旨替えしたんだ」
S「いや、メイヤスー批判で真っ当なものの一つがガブリエルだから」
監「さすが、いろいろ読んでいるのね」
S「他に趣味はないし」
監「マジかよ」
S「悪かったな」
監「ガブリエルってジジェクとの共著しか翻訳されてないよね」
S「そうね、有名なのは『なぜ世界は存在しないのか』ってヤツ。ベストセラーなのに」
監「なぜ翻訳がないんだろう」
S「面倒なんだろ」
監「ついでに訊くけど、なぜ世界は存在しないんだよ」
S「世界をどう捉えるかという、立ち位置の問題でもあるな」
監「てっきり『世界』という言葉の問題かと思っていたけど」
S「それもあるけど、思考は存在の中で展開されるわけで」
監「来たよ、やっぱりドイツ観念論じゃん」
S「個人的なブームなのかも」
監「あっ逆じゃないのか、思考と存在」
S「存在と思考が含蓄的絡み合いになっていればいいんだよ」
監「そうかなあ」
S「いいの。どちらが折り畳まれるかどうかなんて状況というか文脈の問題だろ」
監「よくわからん」
S「勉強不足だな」
監「つーか、ポスト・カントだな」
S「『自分』を限界まで拡大していくフィヒテと、『他者』に寄生するヘーゲルやシェリング」
監「『寄生』かあ、そりゃまた大胆な言葉遣いで」
S「どっちつかずの二項対立をどう克服するのかってのは、当時の大きな課題なんだよ」
監「てゆーか、カントがそう考えないと後の連中が続かなかったんだから」
S「そうそう。で、思考は存在の中で展開されて、結果として存在が見えなくなる」
監「表象というか思考の中に吸収されていく、と」
S「存在が思考の中に吸収されてしまうから観念論だよな」
監「ポイントは吸収されるってことで、決して捨象されるわけではない」
S「最近『精神現象学』を読んだろ」
監「がーん、なぜ分かる。超能力者か」
S「いつから超能力者じゃないと思っていたのかな」
監「いや、そんなこと言っても騙されないぞ」
S「騙されない者は彷徨う」
監「それってラカンじゃん」
S「逆に言うと騙される者は彷徨わない」
監「で、現代人は、騙されると分かっていてもワザと騙される」
S「頭で理解していても、そうしない。行動が全てというわけ」
監「なるほど」
S「で、わざと騙されることで、彷徨わないようにするつもりが・・・」
監「結局、彷徨うということね。それが現代的主体の現状ってわけだ」
S「で、カントは物自体と現象(表象)を倫理的自由ってことで統合しようとした」
監「なんだよ突然」
S「カントは突然でいいんだよ」
監「わかったよ」
S「つまり純粋理性での行き詰まりを実践理性でフォローした、と」
監「でもあれは尻拭いになってないだろ」
S「認知能力の限界を道徳的理性でフォローってのは筋違いってことね」
監「昔からそこは納得いかないのよ」
S「現象的な実在性と物自体の実在性をどうやって同列に扱うかという問題だよな」
監「そんな言い換えすらも、なんとなく言い逃れっぽいな」
S「そう突っかかるなよ、結局は時代背景なんだから」
監「んー、まーいいとするか」
S「で、カント以降の観念論は、その自由もまた思考の内部に捉えようとする」
監「ああ、そうこうしているうちにジジェクお得意の狂気論に行き着くわけだな」
S「シェリング論のヤツね」
監「ジジェクの『仮想化しきれない残余』」
S「おっと、あれ、読んだのか」
監「大昔に」
S「なるほど」
監「ときどきオレが『唯狂論』とか言いたくなるのはその影響かも」
S「それはたぶんそうだね」
監「でも『仮想化しきれない残余』というより、ただ単に『割り算の余り』なんだろ」
S「御名答」
監「オレの割り切れないモヤモヤも何とかして欲しいものだ」
S「無理だろ」
監「一刀両断だな」
S「去勢ってことで」
監「うひー、それが今日のオチですか」







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思想とかそういうヤツ [無意味的会話術]


S「よ、監督」
監「なんだよ、哲学科出身のサラリーマン、Sじゃん、久しぶり」
S「最近メイヤスーを読んでるって聞いたけど」
監「読んでるっつーか、表面なめてるだけ。まったく深くない」
S「で、どう思う、メイヤスー」
監「まー頭のいい人だよね。たぶん間違っているけど、論理の筋道が巧みで説得力はある」
S「間違っているか・・・それって勘で言ってるでしょ」
監「もちろん。そして彼は間違っていることを知っていて、相関主義批判を主張してると思う」
S「やれやれ(根拠はないくせに・・・)。で、相変わらず立場はジジェク派なの」
監「いやいや元々オレはヴィトゲンシュタイン」
S「そうだっけ」
監「でも、つまんねーから外向きにはジジェクってことにしてる」
S「ラカンもだろ」
監「いやラカンは完全に精神分析の人で思想系の人じゃないから」
S「なんだよ、大学のディスクールではないってことか」
監「一応そういうことにしておかないと、ラカンの立場がないだろ」
S「そうするとデリダがかわいそうじゃん」
監「いいんだよ、デリダは解っててやってんだから」
S「しかし、メイヤスーなんて流行りもの、珍しいじゃん。ブームは終わった感じだけど」
監「流行ってるかどーかは知らねーけど、課題図書なんだよ」
S「ああ、あそこの・・・」
監「まあね。Sなんかはメイヤスーとかの思弁的実在論はどうなのよ」
S「完全に範囲外。でも結論はともかく発想は趣味に合ってる」
監「ポストモダン的な相対主義が一通り終わって、次は何かって色々と蠢いてるわけでしょ」
S「つーか、スターがいないよね。現代思想の1月号が毎年ひどくて笑うしかない」
監「ああそうか。スターがいないから一時期バディウとかがアップされたりして」
S「そうそう。ひどいもんよ。バディウだって結局昔ながらのマルクス主義のオッサンだぜ」
監「いや、まだフロイトとマルクスの神通力はあるよ。21世紀中は持つね」
S「そうかなあ。フランスでダメになったらお終いじゃないの」
監「いやいや、いったんアルチュセールが上下構造を複雑化した関係でしばらく大丈夫」
S「そんなもんかね」
監「政治学としてのマルクスはダメでも、反権力思想の最後の砦だし」
S「ああ、大学関係者は基本的に反権力ってのは万国共通か」
監「しゃーないね。大学で右翼やっても学生受けしないから」
S「で、メイヤスーに戻るけど、祖先以前的ってどう」
監「あれ、ずるいよなあ。でも論点は面白い」
S「今まで議論されていなかったよね」
監「あの思考実験的な発想は分析哲学的だね、クリプキとか」
S「科学を味方につければ思想的に勝ちって判断だろ」
監「だからSの趣味ってわけか」
S「監督みたいにオカルト趣味じゃないから」
監「よく言うよ。しかし、どうしてメイヤスーは科学的実在論じゃダメなのかなあ」
S「お、さすがによくツボを押さえてる」
監「つーか、オレは正確な論理性よりザックリとしたジャンプの方が楽しいし」
S「それは哲学的な姿勢とは言えないぜ」
監「だってオレは哲学者じゃないもん」
S「逃げたな」
監「逃走論者と呼んでくれ」
S「全然違うだろ。でもカント以降の認識論を相関主義でひとくくりにするのもなあ」
監「んーまー違和感はあるけど、発想はいいと思うよ。それくらいじゃないとさ」
S「それくらいやらないと新しい時代の思想とは呼ばれないってことか」
監「あと、メイヤスーは『全体性』という発想を否定してるんだよね」
S「彼の場合は事実性が偶然性に基礎づけられてるから」
監「だから全体性という発想はないと」
S「ポストモダン以降なら誰にもないだろ」
監「そうなんだよな。だから排中律が使えなくなって面白くないんだよ」
S「おいおい、排中律を認めると否定神学につながるから」
監「いやオレ否定神学肯定派だから。極論言うとプレモダンでもいいと思うし」
S「東浩紀肯定派じゃなかったの」
監「郵便的の結論以外は肯定って意味」
S「相変わらず言ってること、よくわからないけど」
監「で、結局メイヤスーの思想ってポイントはなんなの」
S「まずは存在ってのは述語的要素じゃなくて前提ってことから始まる」
監「いきなり何だよ」
S「いやカントの話ね」
監「えーと、思い出してきたぞ、純粋理性批判の神の存在証明ってヤツか」
S「神が存在しないと仮定すると矛盾するから神は存在する、と」
監「それが第一段階」
S「次にカントは、神が存在しないということ自体が言えないので、存在証明にならない、とする」
監「おお懐かしいな、その変な論理」
S「だから神の存在論的証明は、それ自体では不完全ってことになる」
監「なるほど」
S「で、次に、神がダメなんだからモノ自体の存在証明なんかもっと不完全ってことになる」
監「まだカントの話ね。モノ自体の存在に必然性はないと」
S「そこでメイヤスーは存在を考える際に、必然性を引きはがそうとする」
監「そこが胡散臭いとこの一つだな」
S「彼は存在の必然性を排除して、モノ自体の絶対性だよって言いたいわけ」
監「なるほど」
S「さらには監督が訂正しなければならないのは、メイヤスーにとって相関主義は亡霊だってこと」
監「亡霊?デリダの(東浩紀の)幽霊みたいなものか」
S「そう。物自体から必然性を引きはがしても、それは亡霊の形で残るって意味」
監「へえ」
S「亡霊は宗教とか誘発しかねないので、メイヤスーは絶対性とか事実性とか置こうとしているわけ」
監「マジメな人だねえ」
S「だから、メイヤスーの事実性、絶対性の話では、相関主義はほとんど残ってないんだ」
監「なるほど、それは訂正するよ」
S「あと、相関主義がダメだってことは、発想の根本に懐疑論を持ってきたってことだと思う」
監「結論から導くわけだ」
S「で、単なる形而上学や独断論でもダメってことだよね」
監「うんうん」
S「そうすると、メイヤスーの実態は懐疑論と素朴実在論の組み合わせってことになる」
監「げっ、マジか」
S「相関主義を徹底化すれば、物自体の無矛盾性やその存在さえも思考不可能って話だから」
監「そういう論理で懐疑論的でかつ実在論と」
S「いや専門じゃないんで、オレの個人的な考えね。そう考えると理解しやすい」
監「でも素朴実在論は否定されてるじゃん」
S「いやそれを否定したのは相関主義だよ」
監「あ、なーる。そういうことか」
S「あと、相関主義には強い弱いとは別に、絶対性と有限性の区分もある」
監「ふんふん」
S「で、メイヤスーが敵と考えているのは有限性の相関主義で、絶対性の相関主義ではない」
監「絶対性ってのは、神ではないけど神の精神みたいなのを想定するニーチェとかドゥルーズか」
S「そうだね」
監「あとヘーゲルの弁証法的精神も入るか」
S「弁証法というと微妙だけどそうなるかな」
監「ふむふむ」
S「ちなみに、さっき言った亡霊ってのは、強い相関性で否定された物自体のこと」
監「相関主義が亡霊じゃなくて、物自体がってことか」
S「つまり、絶対性の相関主義には亡霊はいないってことになる」
監「なるほどね、むしろ表象の側にいろんな要素を取り込んでいますよと」
S「いずれにせよ絶対性の相関主義は、メイヤスーによると相関主義から除かれるんだ」
監「ん? じゃあメイヤスーにとってはカントとヘーゲルの間に断裂があるってことだ」
S「そういうこと。ヘーゲルは相関主義ではなく、『主観主義的形而上学』に属するから」
監「主観主義なんちゃらが絶対性の相関主義ってことね」
S「そうそう、興味深いことにメイヤスーは、それを相関主義と見てないんだ」
監「ええと、要するにポイントは相関主義への懐疑論と、物自体の実在論・・・だよね」
S「正確に言うと『もう既に素朴じゃなくなった新しい実在論』てことだけど」
監「もう既に子供じゃなくなった新しい女子高生みたいなものか」
S「すぐ下ネタに持ってくんだから」
監「オレはブレないよ、昔から」

註 このブログはフィクションで、実在の人物や団体などとは一切関係ありません





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アガルマ [無意味的会話術]


M「やっほー監督久しぶり」
監「なんだよ、生きてたのか」
M「それはこっちのセリフよ」
監「まさか結婚したとか」
M「グサッ。監督って相変わらず乙女心を理解しないのね」
監「乙女じゃないからな」
M「でも意外と乙女だったりするのよね」
監「実は乙女だからな」
M「(聴かない振り)・・・で、アガルマって何よ」
監「なんだよ突然」
M「いやアガルマって何って訊いてんの」
監「説明がメンドクサイ」
M「いいからボクに分かるように説明しなさい」
監「それが一番めんどくさいんだよな。だからパス」
M「パスは禁止です」
監「なんと、こんなところに喋るルールブックがいたとは」
M「知らなかったでしょ。とっとと答えなさい」
監「一言でいうと対象a」
M「は? それは何なのよ」
監「んまー要するに勘違いだな」
M「勘違い?」
監「宝物だと勘違いさせるような、人によってはあまり意味のないモノ」
M「さっぱりわからない」
監「わかったところで人生は豊かにならないよ」
M「いいじゃん教えてくれたって」
監「昔ソクラテスという哲学者がいて」
M「その人、聞いたことがある」
監「で、アルキビアデスってのがソクラテスに恋していたと」
M「え、男同士?」
監「いや普通なんだよ、あの時代のギリシヤでは」
M「なんだか楽しそうだね」
監「でも実のところアルキビアデスは、『ソクラテスが好きだ』と勘違いしてたんだ」
M「なんで」
監「本当に好きなものをソクラテスの知識や言葉の中にあると勘違いしてたってこと」
M「ふーん」
監「そんな知識や言葉によって勘違いされたものをアガルマっていうんだ」
M「そうなんだ」
監「で、実はソクラテスは自分の言葉とか知識にはさほど興味がなかったというか」
M「頭良さそうなのに、変なヤツだね」
監「もっと詳しくいうと転移といってさらに話がヤヤコシクなるので省略」
M「なんとなく分かったような気分になったわ」
監「この話の教訓は、アガルマっていうか、知識自体にそれほど価値はないってことかな」
M「じゃあ何が価値なのよ」
監「『無知の知』って言うじゃん」
M「ああ、世の中には知らない方がいいっていう、闇の世界とか・・・」
監「違うよ、惜しいけど」
M「違ったっけ」
監「自分が何でも知っていると思った時点で向上心がなくなるからダメってこと」
M「あ、そっちね」
監「そうそう」
M「で、その男同士の話はどうなったの」
監「それっきりじゃないのかな」
M「なんだつまらん」
監「素晴らしい、このブログは『たいくつ』だから」
M「ああ、それがオチなのね」




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反権力とニュウトウ [無意味的会話術]


 友人との会話。

友「反権力ってのはアンチ巨人みたいなもんだろ」
監「それがカッコいい、と思っちゃうんだろうね」
友「巨人なんて、金遣いの割にはそれほどの球団でもないのに」
監「そうそう、アンチ巨人と一緒で、反権力って構造的に『権力』を支えている意味もあるし」
友「誤解だよな」
監「いやむしろ六階くらいでしょ」
友「アホか」
監「ある意味、オカルトみたいなものかと」
友「まー反権力って言っていれば、あとは考えなくてもいいし」
監「・・・悪いけどオレはそこまで言ってないから」
友「そうやってすぐ逃げる」
監「オレは日和見主義者だから」
友「ああそうだったな、忘れていたよ」
監「権力の問題は、私腹を肥やすことだろ」
友「そうそう」
監「あと、国家装置でいうと抑圧装置よりもイデオロギー装置の方が厄介なのにねえ」
友「まるで左翼的な発言だな」
監「左右は別にどうでもいいんだよ」
友「頭が悪いのが一番困るってことだろ」
監「それって結構差別的な発言だな」
友「いいんだよ、オレは左翼じゃないから」
監「またまた、元左翼の癖に」
友「なんだと」
監「ヘルメットの色は」
友「『ニュウトウの色は』と訊く鶴光みたいな言い方はやめなさい」
監「オレは特定の団体には入党してないよ」
友「・・・いやそのニュウトウじゃないんだけど」
監「それでは新郎新婦による初めての共同作業、ウェディングケーキの入刀です」
友「・・・だから違うっちゅーの」
監「オレはピンク」
友「ウソつくな・・ってなんの話だ、ヘルメットかニュウトウか」
監「昔のことは忘れました」
友「・・・そうだな、オレも忘れたよ」




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観てないのに偉そうにプロレスを語るな [無意味的会話術]


M「最近プロレスの話ばっかりじゃん」
監「そうだな」
M「そんなにプロレス好きだっけ」
監「まあ結構好き」
M「あんなの八百長じゃん」
監「いやそれは違うよ、彼らは真面目に仕事をしてるんだ」
M「そうなの」
監「逆にガチンコを客に見せてはいけない」
M「まーイヤラシイ」
監「なに言ってんの」
M「いいの、なんでもないの・・・」
監「スポーツエンタテイメントとかスポーツ芸術とかいう人もいるくらい」
M「じゃあ会場で観てるんだ」
監「ところがサッパリ。最近だとカッキーエイドくらい」
M「ふーん、観てないのに偉そうにプロレスを語るなって言われるよ」
監「まあ、それは手厳しいご意見」
M「そりゃそうでしょ」
監「定期的にみてるのは深夜の新日放送くらい」
M「ダメじゃん」
監「あとはハンセンのDVDとか」
M「聴いたことあるわね」
監「新日対UインターのDVDとか」
M「それってオモシロいの?」
監「20年前の映像だけど抜群にオモシロい」
M「まだ売ってるんだ」
監「新日のヤツは持ってるけどUインターのはダイジェストしか」
M「ふーん」
監「今は、昔の裏話が語られやすい環境になっていて」
M「あら」
監「そういうのを読むってのもいいよね」
M「そんなに出てるの」
監「まー専門誌ではない雑誌に断片的に載ってるから、そういうのを見つけたり」
M「マニアックね」
監「そういう意味ではアイドルの追っかけと似たようなところはあるかも」
M「監督ってアイドルの追っかけやってたの」
監「やるわけないじゃん」
M「まーボクがアイドルってことで」
監「あら、随分強気なご意見で」
M「文句あるの?」
監「まったくございません」






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戦争反対 [無意味的会話術]


M「ねえねえ監督って戦争反対でしょ」
監「戦争の反対は『争戦』だ」
M「なんなのよ、賛成なのか反対なのかって訊いてんの」
監「酸性の反対はアルカリ性だ」
M「ちょっと、真面目に答えてよ」
監「断固として戦争反対です」
M「よろしい」
監「てか、どうしたんだ」
M「では、戦争反対の人はここに署名しなさい」
監「あれ、またピケティの関係なのか」
M「さあね、教えてあげない」
監「署名してもいいけど、オレは集団的自衛権には特に反対でもないよ」
M「それじゃー戦争賛成じゃん」
監「そんな単純な二者択一で決まるような話ではないだろ」
M「どっちかはっきりしなさい」
監「はっきりできない話なんだよなあ」
M「なんでよ」
監「もっと言うと軍隊を持つことと戦争に反対することは矛盾しないよ」
M「そうなの」
監「てゆーか、世界のほとんどの国が軍隊を持っていて、かつ平和主義だろ」
M「そういえばそうかも」
監「厳密に言えば平和主義は表向きに過ぎないけど」
M「じゃーダメじゃん」
監「でも戦争に賛成しているわけではないだろ」
M「まーそうね」
監「要するに、そんな二者択一で収まるような単純な話ではないってこと」
M「そうかしら」
監「短絡論法というか、ニューロンの使用を否定するような話になっていてさ」
M「なんだかボクがバカだと言っているようね」
監「否定はしないけど、Mだけじゃないから」
M「あ、今ボクのことをバカと言ったわね」
監「そんな恐ろしいことは言いません」
M「でも、『戦争賛成か反対かはっきりしないと』という感じで話す人が多いわよ」
監「それはロジックというより説得レトリックみたいなものだろ」
M「なんなのよ」
監「まー詐欺師の巧みな言葉遣いというか」
M「そうなの」
監「いや一般ピープルはそんな話でも別にいいんだけどさ」
M「いいわけないわよ」
監「いわゆる文化人というか評論家クラスがそんな話をするもんだから呆れる」
M「どうして」
監「前提で単純な二者択一を迫るので、議論以前で」
M「ふーん」
監「そうすると『平和』という言葉自体も薄っぺらくなってさ」
M「薄くないでしょ」
監「中身のない錦の御旗みたいになってて」
M「そんなことないって」
監「麻雀だと出アガリは三十符で1000点。積もると二十符でヨンナナ」
M「何の話よ」
監「平和ってのは本当はもっと意味のある言葉なんだけど」
M「監督にとってはそうじゃないってことね」
監「残念ながら特定の政治思想に利用されているだけになっていて」
M「そうなのかしら」
監「いやもう昔からそうだからどうでもいいっちゃあ、どうでもいい話だし」
M「よくなさそうな話なのに、諦めるのね」
監「『平和を浪費する』とは、よく言ったものだ」
M「誰が言ったのよ」
監「右も左も、ただひたすら単純論法で、メンドクサイ」
M「やる気ないってことね」
監「リーヅモピンフドラ一でイチサンニンロク、親だとニンロクオール」
M「やる気がないのは、よくわかったわ・・・」





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元気がない [無意味的会話術]


M「なんだか辛気臭い話になっているわね」
監「あら、またビミョーなタイミングで登場だね」
M「漆黒の闇とか暗い話になってきたからボクのようなカワイイ娘が必要かと」
監「カワイイねえ、そんな歳だっけ」
M「ちょっと、一回死んでみたいようね」
監「いいえ、充分にカワイイと思います。ずっと前からそう思ってました」
M「ウソでしょ」
監「はいウソです」
M「まったく監督は正直なんだから」
監「いやー浮世に生きるのに向いてないよね」
M「いや逆に向いてるんじゃね」
監「そいつはどーも」
M「で、漆黒の闇をどうするのよ」
監「別にどうするつもりも」
M「闇の中に仕事人が登場して、悪いやつらをやっつけるとか」
監「藤田まことがいないからなあ」
M「東山でいいじゃん」
監「ヒガシは大岡越前だろ。お奉行様が裏で必殺はまずいでしょ」
M「いいのよ、カッコいいし」
監「ふーん、ああいうのが好きなんだ」
M「見た目が良ければ何でもいいの」
監「もういい歳だけどな」
M「監督は老人だけど」
監「そうそう老眼と痴呆が進んで大変なのよ・・・」
M「あら、いつもと違って元気がないわね」
監「なんだか疲れがとれなくてね」
M「歳なんだから気をつけないと」
監「気を付けてはいるけど」
M「こんなにいい女が近くにいるというのに」
監「え、どこに」
M「・・・いるというのに」
監「はいはいおっしゃる通りでございます。そんなに睨むなよ」
M「・・・いるというのに」
監「どうしたんだよ、涙目じゃん」
M「へっへー、ボクの演技力も捨てたもんじゃないわ」
監「あくびしたのかと思った」
M「・・・やっぱり殺す」







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