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ヌーメノン [メモ]


 すぐ忘れるのでメモ。

 カント・・・ヌーメノン=物自体。






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1729 akayama 

 佐治晴夫著「宇宙が教える人生の方程式」に平面に格子を描きその結節点を消去してもそのモノを認知できる。
そのことを
『【ある】【ない】を同時に含む視点が空です。(シュニャータ)』
と記している。
 人類が平面(二次元)に【点】と【線】を≪ヌーメノン≫できる事が東洋哲学的には、シュニャータだ。
 これを黄金比矩形の中の正方形の無限に小さくしてゆく過程を【点】とし黄金比の辺の比を[自然比矩形]でみると≪二次元から落とし込まれた≫連続(実数)直線を人類は、≪ヌーメノン≫できる。
 そして、数理哲学としての作用素(1.0,∞)を≪ヌーメノン≫できる。
 これから自然数【0,1,2,3,・・・】が縮約(縮退)自然数と観照できるのは、≪ヌーメノン≫できる。 

by 1729 akayama  (2018-08-19 06:45) 

1729 akayama

【数】の世界の≪ヌーメノン≫を観照する。
「福岡伸一、西田哲学をよむ 生命をめぐる思索の旅 動的平衡と絶対矛盾的自己同一」池田善昭・福岡伸一著を引用て、
【数】の観照の≪包みつつ包まれる≫『この質』は、【ヌーメノン(本体・理体)】で【呼(阿)と吸(吽)】・【一と多】・【膨張と収縮】の【同時性律】と見る。
福岡伸一先生の≪時間を空間の中にフリーズさせる≫これを【感得】できるのが【数】の世界でもあるのだ。
 三次元までは、池田善昭先生の≪包み包まれる≫【ピュシスのロゴス】である【アウフヘーベン】としての【理性(ratio)】が、【数】の【比(ratio)】により観照でき【閉じている】のが見られる。
 四次元では,『思考という時間』が池田善昭先生の≪意識の野≫と捉え≪行為が「realな体得」≫なる≪「世界のパースペクティヴ」が可能になるのは、… 区切れない世界での実在次元上の直観的把握に他ならない。≫と記しているので見る。
 一・二・三・四次元までの【閉じている】『〆(シメ)』は、ファインマンが【至宝の式】と語る【オイラーの等式】と見る。
 この等式には、マクロ進化(膨張)とミクロ進化(収縮)の【同時性律】として『創発エネルギー』が見られ、シュレディンガーの【負のエントロピー】とも見える。
 そして、数学のツールとしての【1】・【∞】・【0】の【ヌーメノン】が観照できる。

 ヘラクレイトスの【自然は隠れることを好む】のもと池田善昭先生の ≪現実の自然の世界は矛盾に満ちているんだ≫ であるが、【数】の世界は、コスモス(秩序)とカオス(混沌)の≪相互隠蔽性の原理≫ のカオスの秩序が『ジャーゴン(数の核)』であり『縮約(縮退)できた自然数』を手にいれたのだ。しかし、その自然数は、カオスを内在していることに気付くことなのだ。
 【離散数学(算数)】から【連続数学(数学)】への数学の道は、池田善昭先生の ≪時間・空間における「存在」次元においては、両者は確かに分離していても「実在」次元においては暗黙裡に〔一つの秩序〕になっているのです。≫ と見てよい。

【至宝の式】と『創発エネルギー』の四次元の【膨張と収縮】の因子の積は、『縮約した自然数』と見てよいのではないだろうか。
 ライプニッツの【宇宙の根本原理】のモナド〔(Monade)(単子)〕が数の空間に『クラウディに点ではない点』【空】と観照できるのが、『縮約した(された)自然数』の無限大の和ではないだろうか。
『縮約した(された)自然数』の【1】のアイデンティティ(正体)は、カオス表示の『ジャーゴン(数の核)』や【離散数学(算数)】の関手の【1】と観照できよう。 
池田善昭先生の≪コト≫と捉え【数】が、≪生命の絶え間ない流れ≫として獲得したのを【ヌーメノン】と観照したい。

 カオスの秩序の『ジャーゴン(数の核)』とコスモス(秩序)の『縮約(縮退)できた自然数』との【ヌーメノン】の事例をかき集める。

 物理学者米沢富美子先生は、「…宇宙の生成においても≪あいまいさ≫から≪秩序≫が出現する。」とおっしゃっている。  
 カオス表示のヒエラルキー(階層構造)で数の【1】を説明できそうなことも物理学者の「≪あいまいさ≫から≪秩序≫が出現」と見ることもできよう。

 数学者黒川信重先生は、「【単圏(モノイド)】の〔一元体の計算は“1×1=1”のみ〕とあり、≪究極の点概念が…≫多分に≪広がった点≫なのであろう。」とある。
 この≪広がった点≫の空間とは、「〔入れ物〕と〔中のもの〕は、ある種の混然一体のカシミール・エネルギー」とある。
≪広がった点≫は、『クラウディな点ではない点』としてラクビ―ボール(楕円体)の雲のようにカシミール・エネルギー、数学的にはカオス表示のジャーゴン(数の核)と観照できるのではないだろうか。
 「―[すべてのものは零点に吸い込まれて再生する]―が世の中に普及することを祈っています。」と締めくくっておられる。 

 哲学者野家啓一先生は、「カオスからコスモスを立ち上げるのが化粧品(コスメティック)なんでしょうが、…」とおっしゃっている。
 化粧することの捉えは、数学することと捉えられる。≪カオスからコスモスを作る≫が、【数】そのもののコスメティック化である。その化粧品(コスメティック)は、ジャーゴン(数の核)と観照できよう。 

 村田全の言葉のオエセルととれる【…『永遠の今』…】とそして【…数学化される…混沌はないものか… いかがでしょうか。】とある。

 鈴木健先生の「二者の異なる身体性(欲望)」を数学的に捉える。
 コスモスの身体性とカオスの身体性の二者は、エンコード(コスモス)とデコード(カオス)を行き来するように見える。
 「エンコードとデコードは、単一の理論から導かれるわけでなく、別々のプロセスとして行われる。」のを観照(数の核)しよう

 黄金比 橋架け渡す 自然比へ
 黄金比矩形から自然比矩形へと≪ヌーメノン≫する。

 アスペクト 知らずもがなや 比は自然
 自然比矩形そのものが、黒川信重先生の言葉の≪広がった点≫と≪ヌーメノン≫する。

by 1729 akayama (2018-08-20 06:27) 

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