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詰将棋の鑑賞


 まずはここを見ていただいて。

 こういう「詰将棋の鑑賞」というのは自然に学習していくものなんだが、初心者にとってそもそもの敷居が高いのも事実で、こういう「努力」には素直に頭が下がる。

 詰将棋の解説・鑑賞文というのは、考え出すと結構難しいし、作品という「絶対物」との距離感からすると「二次的、三次的」な世界にも思えるが、詰将棋の「普及」を考えるなら必要なことには変わりがない。

 そんなの「普及」のプロに頼めばいいじゃん、という発想に至った方は健全だが、それだと詰将棋界の金銭的な負担がたぶん大きい。

 というわけで詰将棋マニアたちが自前で考えるしかないのが現状だろう。

 作意と変化と紛れと・・・そして、鑑賞で感動するポイントを幾つか・・・紹介するには、読解力とセンスと表現力が必要だ。

 文芸批評を一つの文学として考えるべき(当然オレはそう考えている)とすると、詰将棋の解説(指将棋の観戦記も同様)も一つの作品として・・・いやまー最初は「気分としての作品」という程度なんだが・・・考えるべきなんだろうけど、マニアの世界において「既に通り過ぎてきた道」のレベルに対して(レベルを落として)紹介することの重要さがどこまで認識されているのか、よくわからない。

 「普及」を考えるなら、易しい実戦形作品と、マニアも唸る優秀作品の適切な解説(という作品)が、たぶん最低条件となっているはずだ。

 で、これらのことは無意識的に詰パラや作品集などで実践されているとは思うんだが、なんとなく「一般社会」へと伝わり切れているのかどうか。

 作品そのものに全てがある、と思っていると、なかなか伝わらないのかもしれない。



 ・・・・・・あ。

 もっと軽く書こうとしたのに結構重い話になってきた、反省。

 こういうのもセンスと表現力の問題かも。





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