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メモ [メモ]


 ドイツ語のdie Bedeutung はフランス語のシニフィカシオンとなる。『ファルスの意味作用』(1958)のタイトルより。

 →この観点から『声と現象』を読み返す必要があるか。
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メモ [メモ]

「パロール(音声言語)が理解可能であり、それがすべての結果を生むためには、ラング(言語)が必要である。しかし、ラングが設定されるためにはパロールが必要である。歴史的にいえば、パロールの事象のほうがつねに先行している」(ソシュール『言語学原論』より)

→(1)パロールの歴史的先行性 (2)循環=「差延」的契機


「フレーゲは『われわれに対する対象の与えられ方』をSinnと呼び、『表象される対象そのもの』を Bedeutung と呼んで、たとえば『宵の明星』と『明けの明星』は Sinn を異にするが、Bedeutung は同じであるとしている。したがってフレーゲのいう Sinn はフッサールのいう Bedeutung に、そして Bedeutung は Gegenstand に相当すると言える」(フッサール『論理学研究』2、立松弘孝訳註より)

→要注意


(参考)
「デリダは Sinn にはもっぱら sens(意味)の訳語をあて、Bedeutung にはドイツ語の原語をそのまま使うことを提案している。」(デリダ『声と現象』林好雄の訳註)

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将棋の手順 [メモ]


 将棋の角換り腰掛銀の先後同型という、プロでは延々と指されている形がある。この仕掛けは、先手が4→2→1→7→3筋の歩を突く。これが現在の定跡。

 この形は、木村定跡(若干形は違うが、4→3→7→2筋)、升田定跡(4→7→3筋)以降、何度も更新された形だ。基本的には先攻する先手の指しやすい定跡のようだが、谷川、丸山という名人経験者の得意戦法(当時は4→3→1→2→7筋という順番)で、局面が狭くて研究しやすい形ということもあり、かなり進歩した定跡となっている。



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今日の昼飯 [メモ]


 ファミリーマートで昼飯購入。

 とろろそば    430円
 値引き      -30円
 一日分の野菜  105円
 値引き      -10円

 小計        495円


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メモ 実在と属性の関係 [メモ]


 ジジェクで毎度お馴染みの、グルーチョ・マルクス三連発。

「こいつは一見バカのように見えるし、バカのように振舞っています。よろしいですか、皆さん、騙されちゃいけませんぞ・・・・・この男は、バカなんです」

「なんてこったい、あんたはエマニュエル・ラヴェルのことを思い出させるね」
「私は、エマニュエル・ラヴェルだが」
「ああどうりで、あんたがヤツに似ていても何の不思議もないわけだ」

「あなたが身に帯びているものはすべて、あなたを思い起こさせる。あなたの鼻、あなたの唇、あなたの手・・・・・・あなた以外のすべてが」




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メモ [メモ]


 デリダ・・・存在論的脱構築と「郵便的」脱構築の同居、ポストモダン的脱構築とは一線を引いている。

 ラカン・・・存在論的脱構築(というよりプレモダン的否定神学)とポストモダン的脱構築の同居。

 デリダの目的は形而上学の破壊ではなく再生。

 ラカンの目的は当然精神分析で形而上学とは無縁。上記同居のため否定神学と表現するのは間違いではないがやや弱い。





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プレモダン [メモ]


 メモ。

 ラカンは思想的にはプレモダンに属する。

 モダン的脱構築、つまり女性的コギトの側による言説が多いとはいえ、精神分析の目的は欲望や享楽を主体自らのモノにすることだから、クッションの綴じ目(あるいは父の名)が「必ず」必要。

 あるいは分析家としての、ある意味始祖的役割を果たしたソクラテスの状態にとどまっていると言うべきか。

 ディスクールとしては一見デリダ的言説と類似性が多いが、根本が違う。東浩紀に否定神学と称される理由もそこ。

 ただ、否定神学として「思想」の世界に登場するのは、主としてジジェクの影響下にあることを忘れてはならない。

 ジジェクのように、ドイツ観念論の形而上学的な「思考運動」の中にラカンをおいてみると、しっくりとはまっている。おそらくそれは主体の哲学だから。

 ということを考えるにラカンは、モダンでもポスモダンでもなく、プレモダンの思想だ。





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空虚 [メモ]


 メモ。

 主体という空虚と、他者という空虚を持つ主体。

 それによる性差。

 及び、可能性。




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相関主義 [メモ]


 メモ。『有限性の後で』P16より。

 相関主義とは、主観と客観性の領域をそれぞれ独立したものとして考える主張を無効にするものだ。私たちは主体との関係から分離された対象「それ自体」を把握することは決してできないと言うのみならず、主体はすでに対象との関係に置かれていて、そうでない主体を把握することは決してできない、ということも主張する。悪循環や即座の自己矛盾に陥ることなく即自的なものを思考することはできない、と主張する議論を「相関的循環」と呼ぶことができるなら、哲学者たちが慣れ親しんだ次の推論の形を「相関主義的ダンス・ステップ」と名づけることができる--この形は現代の著作にしばしば見られるもので、例えば以下のように主張する。

「主体と客体をそれ自体として存在する二つの存在者とし、両者が取りもつ関係は他所からそれらに加わると考えることは素朴だろう。逆に関係こそが、ある意味で第一のものだ。世界が世界として私に現れるときにのみ、世界は世界という意味をもつ。自我が世界に対峙するときのみ、自我は自我という意味を持ち、その自我に対して世界が自らを露わにする(・・・)」


「ダンスステップ」・・・関係性の優位への信念、相互関係を構成する力への信頼





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カントの理性 [メモ]


 メモ。

 啓蒙とは自ら招いた未成年の状態から抜け出ることだ。

 未成年の状態とは、他人の指示を仰がないと自分の理性を使うことができないということだ。

 ・・・というわけで、ウィキペディアに頼ることは理性の活用とは違う。





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カントの超越論 [メモ]


 メモ。

 形而上学・・・他者、対象、モノ

 心理学・・・主観

 超越論・・・主観と対象の「あいだ」


 ・・・というわけでメイヤスーが、カント的思考を「相関主義」というのも無理はない。




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カントの感性 [メモ]


 メモ。

 感性・・・受動的な対象把握、不明瞭な表象=多様で混乱、かつ可変的

 経験論的対象把握。





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ヒュームとカント [メモ]


 メモ。浅田彰の発言。

 ヒュームは、自己というのは多数の知覚の束だ、いわば蚊柱のようなものだ、と考えている。自己の一貫性と言ったって、選挙で内閣が替わっても外国との約束は引き継ぐという程度のものだ、と。ヒュームによるそういう徹底的な解体の後に、カントが、超越論的統覚Xという、いわばどこにもないものを持ってきて、新たな統合を図るわけですね。

『批評空間』第3期第1号(2001年9月発売)より。





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ブランダムの戦略その1 [メモ]


 メモ。

1.概念的なものは、非概念的なものへの異化によって現れる。

2.概念についての説明は、それに先立つもの(概念)の理解によって得られるものではなく、言葉の使用によって得られる。

3.志向性を定めている本拠地は心ではなく言語だ。

4.概念的なものが活躍する種類は、表象ではなく表現(表出)だ。

5.概念的なものを区別するのは内包主義ではなく、推論主義だ。

6.意味論的説明は、ボトムアップではなくトップダウン・・・つまり命題的な主張、信念、思考によってなされる。

7.意味論的説明を支えているのは原子論ではなく、全体論だ。つまり、たくさんの概念を前提として、それらを異化していくことで意味を形成していく。

8.伝統的な表現(表出)主義ではなく、合理的な表現(表出)主義だ。つまり、外的な身振りと、それによって表現される内的な感情の二通りがあるのではなく、何かを概念化しそれを中心にして表現(表出)する。そうすることで「主張」を有意味化していく。

9.論理の意味論的役割は認識論的ではなく、表現(表出)的だ。つまり、論理は主張の真理を証明し確立するだけではなく、表現(表出)により、他の仕方では明示化できない何事かを述べるための独特の道具として考えられる。「レオがライオンならば哺乳類だ」など。




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ブランダムの戦略その2 [メモ]


 メモ。

(1)

 一言で言うならば「合理主義」。

 推論的な種類の分節化=理由を与え求める実践に対して、最高の地位を与える。

 「概念的なもの」=特徴的な領域を、いかに他と区別するか。

 推論的かつ主張的な実践との結びつきによって、言語的として特定される実践が取り出される。

 コミットメントを帰したり引き受けたり、という「実践における位置」によって決定されるような実践。

 その結果として生じる「合理的プラグマティズム」は、他のプラグマティストたち(デューイ、ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、クワイン、ローティー)と重要な違いがある。

 「合理主義的表現主義」は伝統的なロマン主義的表現主義とは違い、重要な概念資源と利点を持っている。すなわち、詳細な「意味論的」仕事を行うことを可能にする枠組みを提供する。

 そしてその枠組みが、論理への表現主義アプローチを可能にする。


(2)

 さらには、「経験主義」から自由になること・・・の重要性。詳細はクワイン、デイヴィドソン参照。

 ブランダムの目的は、経験主義の中で議論を形作ってきた、意味、心、知識について考える仕方を導入することだ。

 その流れの中で(通常の)「自然主義」とも対立していく。

(3)

 表象を基本的な概念として採用せず、基本的に推論から始める。かといって表象に関わる重要な側面の「存在」を否定するわけではない。

(4)

推論主義の強い弱いについて・・・省略


(5)

推論

主義の全体論的性質(原子論とは違う)・・・省略


(6) 

推論主義・・・命題的なものの持つ概念の優位性


(7)

合理主義的表現主義(表出主義)  論理は際立って形式的なものだ・・・という考え方の否定

むしろ際立って表現(表出)的な役割を演じる語彙・・・推論的役割についての研究

(8)

ヒュームとの見解の相違

ヒューム的=道具的規範=内在的な動機による選好や欲求に由来する・・・

そうではなく、承認とコミットメントがその源泉だという考え方に立つ。




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