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科学的心理学へ向けて


 そもそも精神分析学は科学を目指して創設された学問だ。

 しかしながら、科学というには有効なエビデンスが不足しているため、検証がなかなか難しい。

 なので、しばらくは「主観による客観的判断」の収集再構成によって情報不足を補う必要がある。

 精神分析による最も効果的な「主観による客観的判断」は「転移-逆転移」に基づく考察だ。

 今はそれに頼るしかない。

 そして概念による理論の構築によって普遍性を目指す姿勢が、現実に対応することを目的として妥協した正しいモノだと思われる。






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来るべき精神分析~素人分析の問題その14


 このセミナーの全体像について、主催者側から何らかの形で提供されることを期待しよう。

 映像がベストだけど、無理だろうから有料の pdf 配布で良いと思います。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その13


 オモシロかったのは十川氏の質問事項だ。以下は誤りあるかもだが。

 対國分氏。
(1)日本で精神分析が根付かないのはなぜか
(2)「中動態」の本で木村敏の名を出さないのはなぜか

 対藤山氏。
(1)藤山氏は精神分析をセラピーとしてのみ考えているのではないか
(2)藤山氏は出来事の経験の視点が乏しいのではないか

 対平井氏。
(1)精神分析的対話は本来非対称的な対話ではないのか
(2)平井氏の主張はオープンダイアローグ的なものではないのか
(3)中動態という言葉を敢えて使う必要はなく、「間主観性」で充分ではないのか

 各氏がどう答えたかは、ここでは敢えて触れません。

 ただ、こういうことを平気で訊ける文化こそが、精神分析を根付かせるのに必要ではないか。

 日本的文化は「和の文化」だと言われているが、傷つけることを恐れて、直接的に本音をぶつけ合うことを遠慮してしまう傾向がある。

 ところが本音をぶつけ合うということは、それができるような信頼関係を前提としている。 

 本来的な意味での「和の文化」というのは、空気を読むだけではなく言葉で互いに承認することによって、ようやく確固たるものになるのではないか、と思った。

 以上でこの話は終わり。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その12


 原氏の質問事項は以下のような感じ。

 精神分析の「危機」や「危険」とはどのようなものなのか。

 危機と(こころの)侵襲性、←「(過去を切断する)指示」との違い。

 精神分析における「共感」(懺悔や告解との差)。

 「中動態」の文脈で考えると、精神分析的な介入は能動性、受動性というようなものなのか。

 それに対する各氏の答えは、ある程度予想の範囲内だったと感じた。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その11


 もう一つ重要な論点として、フロイトが精神医療の場面が精神分析の応用できる一つの領域に過ぎない、と述べたことに対しては、藤山氏はなかなか難しいのではないかと感じているようだ。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その10


 藤山氏の今回のプレゼンは、まず素人を「非医師」と定義する。

 そして、訓練分析は「教化」ではない、人の「揺らぎ」を自ら経験することだ、とする。

 しかしながら、訓練というものは集団的なシステムなため、危険があり、その危険を飲み込む覚悟を忘れてはならない、と氏は言う。

 また、「こころをこころとしてこころで扱う」ことによって、臨床現場で「発見」し続けることが必要で、それがいわゆる「身体を相手にする医者」との違いだと指摘する。

 そういう意味で、精神医学と精神分析は別ものだ。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その9


 「ただの真っ当な分析家」というならば、それを日本で一番体現しているのが藤山直樹氏だろう。

 氏の著作を読むだけで、なんとなく臨床現場にいたような気になる。 

 もちろん錯覚だが。

 なぜならば、読書体験はさほど危険ではないから。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その8


 このワークショップに本音と明解さをもたらしたのは間違いなく司会の十川幸司氏だ。

 十川氏はもともとラカン派と親しい立場にいた関係なのか、精神分析業界の人としては、比較的哲学系との交流が多い。

 またそれは、氏が分析外では厳密な用語の定義、概念使用を徹底しているからだと思う。

 十川氏の言説は、フロイトが苦労して定着させてきた精神分析の概念・論理というモノに対し、同じ苦労をしながら辿っている印象がある。

 まるで求道者のようだ。

 精神分析家には彼のような透徹な概念使用を求める人が少ない(オレの印象だが)ので、やや独特の立場にいるような印象を与える。

 そんな印象とは別に、ただの真っ当な分析家だと思います。






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来るべき精神分析~素人分析の問題その7


 國分氏は応答責任という意味での「責任」の原義として、デリダの「出来事に対して責任を取ることはできるのだろうか」という問いを挙げていた。

 これは精神分析のみならず、広い範囲での課題となりそうだ。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その6


 あと、國分氏の最近の成果・・・『中動態の世界』にも触れられていた。

 社会的な要請により、責任の所在を個人に確定するため、文法が代わっていったのではないか、という印象を与える著作のようだ。

 ちなみに、この本の裏テーマは現代日本の言語学界の一部に対する怒りだったりするんだが、オレの管轄外なので省略。




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来るべき精神分析~素人分析の問題その5


 國分氏によると、精神分析に対するデリダの想い(思い、重い)に感銘を受けて、精神分析関係を読書するようになったらしい。

 ただ個人的な印象では、対精神分析という意味では個人的には『ポジシオン』原註によるラカンへの仄めかしが一番興味深い。

 それに比べれば「真実の配達人」など普通の(違うけど)論文だ。





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来るべき精神分析~素人分析の問題その4


 こちらは國分氏に対する十川幸司氏の指摘で・・・実は「裏テーマ」だったような。

 ジャック・デリダ『精神分析の抵抗』「ラカンの愛に叶わんとして」より。

ルネ・ジラールが私に報せてくれたところでは、ボルティモアでの私の講演の後で、彼が講演についての自身の評価(それは寛大なものだった)をラカンと分け合おうとした時、ラカンはこう言ったそうだ――
「そう、そう、良いのだけれど、彼と私の違いは、彼が苦しんでいる人々に関わっていないということだね」(これは言外に、分析を受けている人々に、ということである)。彼が何を知っていたというのだろう?実に軽率な発言だ。彼が平然とそんなことを言ってのけ、またそれを知ることができたのは、ただ、苦しみをも(なんたることか、多くの人々と同様に、私は苦しんでいる人々に――たとえばあなた方すべてに――関わっているというのに)転移をも、つまり愛をも――それらはそれぞれの状況を生み出すのに分析的状況を必要としたためしなどない――勘案しないことによってのみである。ラカンはしたがって、ある種の様式の上に制度化された臨床医学と分析的状況の諸規則とから、絶対的資格の基準を作っていたわけだ――そうしたことすべてを語るための。
(デリダ『精神分析の抵抗』邦訳127ページ)





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来るべき精神分析~素人分析の問題その3


 國分氏のそもそもの論文(月報用)はこちら






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来るべき精神分析~素人分析の問題その2


 哲学分野からの國分氏の問題提起、医師としての分析家の立場から精神分析藤山直樹氏の臨床の現場を中心とした意見、非医師としての臨床家の立場から平井正三氏の精神分析と哲学の交流を意識したプレゼンなど、楽しい話が満載だった。






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来るべき精神分析~素人分析の問題その1


 先日市ヶ谷で精神分析のワークショップに参加した。

 『素人分析の問題』というフロイトの後期の論文について、哲学者の國分功一郎氏が、非臨床家が精神分析にアプローチする際の倫理的な問題ではないのかと、フロイト全集の月報に興味深い論文を提出した。

 ・・・この國分氏の論文に乗っかってワークショップしようぜ、というこの軽いノリは非常に素晴らしいと思うし、実際オモシロかった。





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スパイス・オブ・ライフ


 渡辺香津美のライブDVD "spice of life" を久しぶりに観た。

 というか、全編通して観たのは初めてかも。

 シンプルだけど、名演だ。

 昔はつまらないと思っていたけど。





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キングダム・カム


 レニー・ウルフは不幸だ。

 確かにゼップのモノマネで稼ごうとしていたと思われてもしょうがない。

 とはいえ、本家より声の出るヴォーカリストだ。

 本家の真似をしようとしても、他の誰もできない。

 つまり、ある意味、本家を超えていた。

 素晴らしい声があったというのに、世間につぶされてしまった。

 皆、なにか勘違いしていたと思う。

 地道に売れない活動を続けた後、キングダムカムは2016年、終焉を迎えた。





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休日の予定


 予定が埋まると忙しい。

 当たり前だ。





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身体


 やはり身体は食べ物で作られる。

 体調を良くしたければ食べ物に気を配ろう。




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モラーツ&ブルフォード


 ライブを聴く。

 なかなかいい。





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ファンクラブ


 会員になるのも考えものだ。




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年末


 年末の予定が決まった。




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MR.BIG


 9/26、日本武道館でMR.BIGを観た。

 1ギター、1ベースにヴォーカルとドラムの4ピース(但しドラムは諸事情で2人体制だが事実上1人)というシンプルな構成ながら、音数が多すぎるほど多い。

 オレには20年前の知識しかないんだが、それでもついていける内容だから、いわゆるベテランバンドの資金回収・・・ではなく、ファン感謝タイプのツアーだった。

 とにかく上手い。

 とくにポール・ギルバート(50歳)は只者ではない。

 もちろんビリー・シーアン(64歳)も只者ではない。

 そしてこの二人は異常に音数が多い。

 グルーヴはしっかりしているので、うるさく感じない。

 とはいえメロディラインは地味。

 実に素晴らしい。

 (そういえば 8/16にリッチー・コッツェンを観に行った・・・・テクはすごいけど、こちらはさらに地味。)

 ・・・というわけで、ドラムのパットがパーキンソン病だというのに「諦めない」というのが、一つのストーリーとなっていること、そこに過去の日本との繋がりを絡めて、人情ライブとなっている。

 こういう演出があまり気にならないのもベテランバンドの為せる技だ。

 会場全体がハッピーになって帰宅できる、こういうライブもたまにはいいかな、と思った。





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誰も知らない


 the Unknown John Clark というギタリストがいた。

 bruford というバンドの allan holdsworth の後釜という位置付けにより、ごく一部では有名だ。

 誰も知らないというのは、たぶん allan 以外のメンバーは知らなかったということだろう。

 allan がギターを教えていたことがある、という関係で後釜として紹介したとのこと。

 その後はクリフ・リチャードのギタリストとして活動を続けているらしい。





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私的メモ [メモ]


 メモ。

 駅ロッカー(東口)→大学→美術館(昼食)→荷物回収→ホテル→ライブ→味人

 ホテル朝食→円通院→ILE CAFE→オイスターバー





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桜の話


 某宮本が「本当は桜は嫌いだ」とかMCで言っていたことが、被災者の皆さんの逆鱗に触れたのか触れないのかよくわからないけど、一瞬話題になったりした。

 何を某宮本に求めているのか、ということなので、特に意見はない。 






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仙台の飯


 なかなか美味しかった。

 正直、住んでいた頃は美味いと思ったことはなかったが、今回の旅で少し見直した。





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エレカシ仙台


 10/8仙台サンプラザホールにてエレファントカシマシのライブだった。

 今年は新春、札幌、野音、仙台と4本。

 エレカシで地方行くのは今回の全県ツアーが初めてだったが、旅行を兼ねて地方ライブに行くという習慣が出来つつある。

 宮本は終始ご機嫌で、観客に向かって「100点満点をあげよう」と言った。

 いやそう言われてもどうしようもないが。





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詰将棋の鑑賞


 まずはここを見ていただいて。

 こういう「詰将棋の鑑賞」というのは自然に学習していくものなんだが、初心者にとってそもそもの敷居が高いのも事実で、こういう「努力」には素直に頭が下がる。

 詰将棋の解説・鑑賞文というのは、考え出すと結構難しいし、作品という「絶対物」との距離感からすると「二次的、三次的」な世界にも思えるが、詰将棋の「普及」を考えるなら必要なことには変わりがない。

 そんなの「普及」のプロに頼めばいいじゃん、という発想に至った方は健全だが、それだと詰将棋界の金銭的な負担がたぶん大きい。

 というわけで詰将棋マニアたちが自前で考えるしかないのが現状だろう。

 作意と変化と紛れと・・・そして、鑑賞で感動するポイントを幾つか・・・紹介するには、読解力とセンスと表現力が必要だ。

 文芸批評を一つの文学として考えるべき(当然オレはそう考えている)とすると、詰将棋の解説(指将棋の観戦記も同様)も一つの作品として・・・いやまー最初は「気分としての作品」という程度なんだが・・・考えるべきなんだろうけど、マニアの世界において「既に通り過ぎてきた道」のレベルに対して(レベルを落として)紹介することの重要さがどこまで認識されているのか、よくわからない。

 「普及」を考えるなら、易しい実戦形作品と、マニアも唸る優秀作品の適切な解説(という作品)が、たぶん最低条件となっているはずだ。

 で、これらのことは無意識的に詰パラや作品集などで実践されているとは思うんだが、なんとなく「一般社会」へと伝わり切れているのかどうか。

 作品そのものに全てがある、と思っていると、なかなか伝わらないのかもしれない。



 ・・・・・・あ。

 もっと軽く書こうとしたのに結構重い話になってきた、反省。

 こういうのもセンスと表現力の問題かも。





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自然形詰将棋


 「実戦形」ではなく「自然形」というような言葉を主張するのは上田吉一氏しかいない。

 詰まなくても良いから考えろ、そして感じろ。

 35手詰。

上田吉一35手詰.jpg

 ▲4二歩成△同金▲4三桂△同金▲3四龍に△3三香合が導入。

 興味のある方は柿木先生にお尋ね願います。

 てゆーか、柿木先生にゼロ秒で解かれると人間は沈黙するしかない。







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