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メモ 三項関係の臨床 [メモ]


 メモ。

 赤坂和哉『ラカン派精神分析の治療論』より(P59)。

 (・・・)つまり、シニフィカシオンの重奏が響くシニフィアンを含んだ無意識の形成物に注目することは、分析家が自我と自我の関係から身を引くことと同義だ。もっと単純化して言えば、分析家がシニフィアンに注目するということは自らの自我から離れることだ。
(引用終わり)

 ・・・・果たしてそうだろうか。

 ここで批判されているクライン派の臨床家たちが、「無意識の形成物に注目する」ことを、当然のように実践している。

 「自我から離れること」=「(ラカン派のいう)大文字の他者に依拠すること」とはならないのではないか。






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精神分析的思考その3


 というわけで、精神分析の理論的関心は技法論ではないかと。

 臨床現場でその分析家がどう対処しているのかが分かるから。

 そういえば、十川幸司は精神分析的思考以外に精神病理学を一つの理論的な基準として置こうとしている。

 ただ、全体的な傾向からすると、臨床で起こっていることを理論化するのはなかなか難しいし、その理論が実践的ではないと考える分析家は多いと思う。





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