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生と死


 活性化と不活性化の間で、不活性な部分から目を背けずに人として生きることを考える。

 それが「主体性」というものだ。





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directX


 PC速度が遅いとき(例えばメール受信に時間がかかるとき)、directXのインストールまたは更新で速くなるときがある。





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生きる


 オレたちは生きるために生きている。

 それが虚しいのか現実なのか輝かしい未来なのかはオレには分からない。





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ジョイス的な出来事


 極めて簡潔に。

 書くことで・・・つまり、倒錯的に書くことで・・・あるいはサントームとして書くことで、ジョイスは発病しなかった。

 ただ、彼の作品で感じられるのは、多義性と言葉の豊かさだ。

 それは単にナンセンスということだけではなく、書くことで(もっと言うと「読む」ことで)「意味を産み出す」という経験が、人間らしさを維持している(あるいは取り戻す)ような気にさせる。





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ラカンの臨床理論


 ザックリと適当に書いておくと、最初は「象徴されたモノ」を解きほぐすことから始まって、「幻想を通り抜けること」を経由して、「サントームや倒錯とともに生きる」という展開を見せていた。

 要するに、晩年に近づくにつれて、治らないとしても自殺を忌避するにはどうしたらよいか、という発想になっていったことを示している。

 しかし、具体的にどうしたのかは謎だ。





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通販生活その3


 購入した経験は少ないが、実は愛用品がある。





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通販生活その2


 その政治的主張は反政府的だが、気に食わなければ読まなければいいので、気にならない。




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通販生活その1


 あまり読まないが、通販生活はおもしろい。




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手掛かり


 しかし、分析家が手掛かりとして持っているのは、分析空間で得られたものだけだ。





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分析技術


 精神分析で大事なのは、分析家がどう思ったか、ではなく、患者がどう思ったのか、を言い当てることだ。

 そしてそれは実に難しい。






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豊穣


 多義性と表現性は、生きるための大いなる糧だ。





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語感と響き


 もちろん、翻訳ものでも語感や音の響きを感じることができる。




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産出する読書


 つまり、ボルヘスを読むことは、読書することによってその場で何かが産み出されているのを感じてしまう、という極めて奇異な経験だ。






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読書経験


 ボルヘスの読書経験は、非常に特殊だ。

 いわゆるラテンアメリカ文学のなかでも、ボルヘスほどの「魔術」を持っているものは少ない。





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精神分析


 驚くべきことにボルヘスは精神分析と親和性が高い。

 これはオグデンを読むとよくわかる。





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推敲


 今の文芸を支える経済システムでは原稿料を稼ぐ・・・という意味で、枚数が増えていく傾向にあるが、ボルヘスの場合は、おそらく百分の一に削られている。





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エンタメ


 ボルヘスを評価するとして、現代的なエンタメとしてはたぶん評価は低い。

 ただ、その文学的効果は非常に大きい。




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伝奇集


 ボルヘスの伝奇集は、非常に濃密で頭がくらくらする。

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

  • 作者: J.L. ボルヘス
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1993/11/16
  • メディア: 文庫






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ボルヘス


 久しぶりにボルヘスを読んでいる。




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メモ 三項関係の臨床 [メモ]


 メモ。

 赤坂和哉『ラカン派精神分析の治療論』より(P59)。

 (・・・)つまり、シニフィカシオンの重奏が響くシニフィアンを含んだ無意識の形成物に注目することは、分析家が自我と自我の関係から身を引くことと同義だ。もっと単純化して言えば、分析家がシニフィアンに注目するということは自らの自我から離れることだ。
(引用終わり)

 ・・・・果たしてそうだろうか。

 ここで批判されているクライン派の臨床家たちが、「無意識の形成物に注目する」ことを、当然のように実践している。

 「自我から離れること」=「(ラカン派のいう)大文字の他者に依拠すること」とはならないのではないか。






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精神分析的思考その3


 というわけで、精神分析の理論的関心は技法論ではないかと。

 臨床現場でその分析家がどう対処しているのかが分かるから。

 そういえば、十川幸司は精神分析的思考以外に精神病理学を一つの理論的な基準として置こうとしている。

 ただ、全体的な傾向からすると、臨床で起こっていることを理論化するのはなかなか難しいし、その理論が実践的ではないと考える分析家は多いと思う。





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精神分析的思考その2


 ラカン派はラカンという理論家を失ったことが大きい。

 なぜならばラカン派の動きはラカンの理論をいかに臨床に応用するかという演繹的な傾向があったからだ。

 ラカン自体は次々と理論の軸をずらしながら臨床の時代的変遷に対応しようとしていたように感じる。

 そういう理論化の主軸を失うとなると、本来の「帰納」的思考としての精神分析の本流が失われるのではないか・・・・そういう危惧を、オレは素人ながらに持っている。






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精神分析的思考その1


 精神分析を考える際に、ラカン派はなかなか難しい局面に来ている。

 ただでさえマイナーな精神分析というジャンルの中で、さまざまな流儀に分離している場合ではなさそうだが。

 で、まともな分析家は「無所属」となる。

 もともと臨床場面からの「帰納」的発想による理論化だから、既存のものが全てではない、というのは無理もない。





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物自体その6


 ヴィトゲンシュタインの立場。

 物自体について・・・はっきりと言語で捉えられないのであれば、あまり興味がない・・・・言語でそれをどう捉えていくか、という関係性が全てだ、と考えた。





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物自体その5


 デカルトの立場。

 物自体を考慮することはできないが、その客観的な属性を捉え続けようという姿勢が大切だ、と考えた。




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物自体その4


 プラトンの立場。

 物自体を考慮する際に、人間では把握できないので、イデアの世界(ある意味幻想)にあるものと考えた。




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物自体その3


 実在論の立場。

 物自体を考慮する際に、人間の(主体の、認識の)フィルターを経ずに把握できないか・・・を考える。




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物自体その2


 ヘーゲルの立場。

 物自体を考慮することができれば、「把握した」ことにしてしまえばいい。





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物自体その1


 カントの立場。

 物自体を「把握」することは不可能だが、物自体を考慮することはできる。




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象徴的支払い


 ドルトは、陰性の転移に対して、象徴的支払いを結びつける。

 支払う意思があるなら、治療は前進する、というわけだ。





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