So-net無料ブログ作成

象徴的効果は存在しない・・・とするならば


 大文字の他者が存在しない、と言われる時代にオレたちは生きている。

 だが「だからオレたちは、どんなに不道徳だろうが自由気ままに生きるしかない」と考えるのは誤りだ。

 外部の、無関係な第三者として、「周縁に生きる・・・それでいい」という考え方は、多くの人には難しい。

 役割が与えられ、しかも、その役割が何も保証されていない時代に生きる。

 それでもオレたちは、オレたちが「それなりに」生きているという保証が必要だ。

 だから、オレたちは形式的に「祈る」しかない。

 乱世に生きる環境にいる人たちには、また別の形があるだろう。





行動の意義


 ジジェクなら行動とは「革命的行動」と言うところだろうが、生憎オレはグルーチョ主義者なのでそう考えない。

 オレたちの主体の本質は、たとえば外にある「言葉」に、容易に求めることができる。

 しかし、ここでオレが言おうとしているのは、「行動」そのものにさえも、主体の本質を見出すことができる、ということだ。

 おそらく、基本的にジジェク主義者のオレが、彼と袂を分かつのは、そこだ。

 行動といっても、主に過去の行動になるのだが。