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アドルノ


 アドルノはルカーチを批判するついでにヘーゲルを批判した。

 つまり、アドルノ先生、かく語りき。

「おまえら、疎外を克服したとか言ってるけど、結局、「同一性」の論理の下に、非同一的なものを弾圧しただけだろ」

 おお、ごもっとも。

 まーしかし、元々ヘーゲルの「疎外論」なんてのはルカーチ的な発見によって再解釈されたもので、ヘーゲルの意図ではない。

 ルカーチは『経哲草稿』の影響下で「外化」=「物象化」=「疎外」論を言っただけのこと。

 というわけで(以下略)




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良心


 Gewissen は普通「良心」と訳されるが、精神現象学の金子訳では「全的に知ること」となっている。

 つまり、思想展開上、それほど重い意味をこの言葉に持たせている、というわけだ。

 逆に言うと「全的に知ること」という意味を持たせずに「良心」という言葉を捉えると、理解が中途半端になる。

 ・・・というような話がカントやヘーゲルでは頻出し過ぎる。

 言い換えると、原文が理解されるための文章として成立していないので、訳するのは大変だ・・・ということ。

 『精神現象学』では長谷川訳が良いということになっているが、「良心」を上のようにさらっと捉えてしまうと・・・もちろん訳者はいろいろと含意するような工夫をしているが・・・意味を取り違えてしまう可能性がある。

 例えば、オレは『精神現象学』の訳本を3種類持っている。

 それらを見比べて、ようやく「なるほど」と理解することが多い。

 なので、通読はしない。

 というか、通読できない。





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