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精神分析と哲学との関わり


 カントがモノ自体として思考から排除したモノ・・・・あるいはヘーゲルが捨象しなかったモノ・・・そういうモノが精神分析の中に登場する。

 おそらく、アルチュセールやデリダが積極的に精神分析と関わったのも、それに対する興味というか、彼らのテーマとの類似性が大きいのではないか。

 いずれにせよ、ラカンは徐々に忘れ去られていくだろう。










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大人のビョーキ


 で、ラカンのテーマは大人のビョーキ(倒錯含む)へと移行していく。

 オレにとっては、それは人間の心理的対応能力の豊かさを示す事例としか捉えられない。

 晩年のラカンの扱う事例は、「もはや治らないもの」が多かった。

 それでも彼はムダを承知で、臨床場面に立ちあい、理論化を試みた。

 もちろん無駄が多かった。

 ある意味、それこそが研究者的な態度と言ってもよいだろう。

 ただ、そこに倫理的な・・・今でいう社会責任的な問題が孕んでいたことは否めない・・・と推測する。

 そういうラカンの態度こそ、実はビョーキ的で、かつ倫理的だったりするので始末に負えない。







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