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現代分析形而上学


 2015年の将棋年鑑における糸谷先生のインタビュー。

 ただし掲載されたかどうかはわからないとのこと。

 とりあえず見てみよう。

 インタビュアーは島田修二氏。

(引用開始)

―なぜ哲学に興味を持たれたのですか?
「生きるとは考えることだと思っていますので」

―大学で専門にされていたのはどのようなことですか?
「ハイデガーと現代分析形而上学、他には認知系とかですね」

―現代分析形而上学って何ですか?(笑)初めて聞きました
「非常にやっている人が少ない分野です。クワイン辺りから出てきたんですが、簡単に言うと、ペガサスが翼を持つという文言が、我々は真であることを認識するけれども、その基礎をどこに求めればいいのかということをクワインが書いてまして」

―はぁ。
「ペガサスという存在者が実在しないので実在に基礎を求めることはできない。じゃあどうやって基礎を取ってるの?という話で。クワインはペガサスという仮想存在の性質として翼があるから、定義として真だという説明の仕方をするんですが、ただそれをやってしまうと、どんなものでも定義でしか言えないのかという話になります。なんで仮想存在だけにそれを当てはめるのかと。犬や猫もすべて定義から語らなきゃいけないのかということになるんですが、それは間違いなくそうじゃないだろうと。そこでルイスがいったのが仮想世界、というか空想世界を私達は間違いなくどこかに持っていてシャーロック・ホームズがベイカー街B221に住んでいたということを私達は真だと捉えている。空想世界における実在のような話になってきます。それが形而上学ということです。この考え方だと未来世界における真についてもいえるというのが一つの主張です」

―なるほど。

(引用終わり)

 ここでルイスとあるが、デイヴィッド・ケロッグ・ルイスのこと。

 どうやら現代分析形而上学とは、架空の世界を想定した瞬間に「可能世界」として「実在性」を与えてしまおうという発想のようだ。

 そうすることで「言語世界」の確固たる構築性が確保される・・・ということだろう。

 ただまーオレに言わせれば言語世界なんてものは「それだけで自立しているわけではない」と思っているわけで、つまり数学でさえゲーデルの「不完全性定理」みたいなものが考えられてしまうのならば、汚染だらけの言語世界はましていわんや・・・というのがオレの主張だ。

 ではなぜオレたちは「ペガサスは翼を持つ」という文言が真だと「感じる」のか。

 これはオレの立場によるポジショントークなので「絶対的な真理」でないことを理解しながら以下を読んでほしい。

 つまり、「ペガサスは翼を持つ」というのは、ある虚構において共有されるべき前提だから・・・言い換えると、言葉がそのように使用される、ということを前提とした虚構をオレたちはこれから楽しもうとしているのだ・・・というわけだ。

 なので、「ペガサスは翼を持つ」という真は、言語世界で導かれた真ではなく、前提となる真だ、ということになる。

 言葉の使用説というかプラグマティズムというか後期ヴィトゲンシュタインというか・・・そんな立場の意見でしかないんだが、個人的には一番しっくりくる考え方だ。





帰れない


 二人を残して。