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自己放棄


 捨象ではなく自己放棄・・・そこにヘーゲルの特徴がある。

 「和らぎの語というのは「そこ」に存在する精神で・・・したがってこの語は相互に承認しあうことで、そうしてこの承認が絶対的な精神だ」(『精神現象学』岩波版P996)

 単純に言えば、差異の反復ではない。

 差異の承認でもない。

 和解へと・・・主と奴の戦いを超えて・・・常に既に和解へと。

 否定的な・・・あるいは差異という要素は常に内包しつつ・・・つまり捨象せず・・・互いに自己放棄(エントオイセルング)しつつ、新しい価値を築いていく。





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疎外された「疎外」 その7


 たぶん、ヘーゲル研究とかヘーゲル左派的な研究をする人が圧倒的に少なくなったために、こんな話をする人、できる人がいない・・・ということだろう。

 というわけで、この話はこれでおしまい。





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疎外された「疎外」 その6


 そもそも、ヘーゲル左派は、今のピッツパーグ学派のヘーゲル解釈を、鼻で笑いながら「違うよ」と言うべきだが、そういう余裕はない。

 なんとなくそれをやろうとしているのは、ジジェク&ガブリエル連合軍だけだ。

 オレはヘーゲル左派的なヘーゲル解釈・・・・例えばアルチュセール的解釈(ある意味ヘーゲル的だが)・・・は有効だと思っている中で、そんなオレを後押ししてくれるような思想が左派方面からほとんど出てこないのがおかしい。

 単なる時代の隆盛と言ってしまえばそれまでだが。






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疎外された「疎外」 その5


 てなことを徒然考えるに、ヘーゲルを乗り越えるつもり・・・という意味ではマルクスに罪はない。

 罪があるとすればフォイエルバッハだったりエンゲルスだったりするんだろうが、その誤解を大きく広めたのはきっと20世紀のルカーチだ。





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疎外された「疎外」 その4


 疎外と訳される「エントフレムドゥング」と、外化と訳される「エントオイセルング」は、ルカーチ以降のヘーゲル左派では、ほぼ同じ意味で使われている。

 しかし、ヘーゲルを読む限りでは、その二つは微妙に違っている。

 そして、さらに言うならば、それらを「大きな主体(or他者)」の疎外や外化と考えるのはおかしい。

 ヘーゲルは、人間のあるべき思考の形式性・・・論理性・・・として、自己からの疎遠・・・と捉えていた。

 それを勝手に現実の普遍の法則として捉えるのは勝手だが、ヘーゲルはある意味「哲学的理想論」として考えていた。

 つまり、一般には自己意識・・・つまり弁証法的な思考形態・・・を持っていない。

 しかし、ヘーゲルは、哲学者の手法としてそれ(結果として自己疎遠を導くような、弁証法的思考)を持つべきだと考えていた。

 他方で、ヘーゲル左派は「疎外」を、すべての人間が経験する「所与の悪」として捉えていた。

 一般的な普通名詞と考えれば間違いではないけど・・・「疎外」に関するヘーゲル認識のほとんどがここでアウトになる。

 疎外を勝手に悪と捉えたのはヘーゲル左派であり、ヘーゲル自体はそう考えていない。

 にもかかわらず、ヘーゲル左派はそのようにしてヘーゲルを捉え、なおかつ、それを乗り越えるものとしてマルクス的思考を提示した・・・つもりになっていた。






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疎外された「疎外」 その3


 ヘーゲルの Entfremdung という言葉はハイデガー方面では「隔離」と訳されているらしい。

 これもまたある意味、疎外された「疎外」と呼ぶべきか。 

 とにもかくにも、史的唯物論とか疎外論の観点でしか語られないヘーゲル(要するに単なる踏み台)というのは、非常にもったいないと思う。





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疎外された「疎外」 その2


 疎外というか疎遠みたいな言葉を、ヘーゲルが使う理由は、「自己意識」にある。

 これを「弁証法」とか言い出すとまた混乱する可能性がある・・・・が、・・・・ヘーゲルの場合、基本的に「弁証法」というのは否定性を産み出す作業のことなので、作用としての自己意識とあまり変わらないとは思う。

 で、とにかく、いったん対象(ヘーゲルの場合「対象」はだいたい「人」とか「精神」です)へ自分自身を預ける・・・というか対象を自分のものとする・・・と想定したうえで、自らを省みる・・・ということを、ヘーゲルはやるわけです・・・・・・それが自己意識ってヤツ。

 その過程は確かに「疎外」と言ってもいいのかもしれないけど、結構積極的にやっているわけで、ヘーゲル左派の皆さんが考えているようなマイナスなイメージではない。






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疎外された「疎外」 その1


 ヘーゲルの Entfremdung という言葉は哲学方面では「疎外」と訳されているけど、どうもヘーゲル左派の皆さんが寄ってたかって我田引水してしまった関係で、何が何だかわからなくなっている。

 『精神現象学』で使われているのを見る限りでは、「疎遠」とか「離反」くらいでそれほど深い意味はない。

 だからといって左派の皆さんの「成果」を否定する気はない。

 学問とは我田引水によって為されるものだから。

 で、ヘーゲルの「疎外」をさらに疎外したのがルカーチだったりする。

 おそらく結論ありきで展開しているんだと思うんだが、ヤヤコシいから勝手に強調するんじゃないよ、と怒鳴りたいところだ。

 でも、大人なので黙っていよう。






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主と奴の弁証法 その3


 そもそも「主と奴の弁証法」を流行させたのはコジェーヴだ。

 てゆーか、コジェーヴが自論を展開するために、わざとヘーゲルを曲解した、というわけだ。

 それはそれでいいんだが、基本的な知識を持たない者が誤解するのは・・・・知らないヤツが悪い。

 ヘーゲルに関して、いろんな人がアホなことをたくさん書いている。

 だからヘーゲルくらいは、自分で勉強しましょう。





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主と奴の弁証法 その2


 主と奴に関して、『精神現象学』のヘーゲルのロジックを極端に単純化すると以下の通り。

A:主人は奴隷がいるからこそ、自立している。
B:しかし、奴隷は自立していない。
C:だから、主人は自立していない者を通して自立している。
D:とすれば、本質的には主人は自立しているとは言えない。

 ただそれだけ。

 というか、これをものすごーく意訳すると「主と奴の弁証法」になる。




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主と奴の弁証法 その1


 驚くべきことに、ヘーゲルは「主と奴は逆転する」と書いたらしい。

 というわけで、フランス方面や左側で有名な「主と奴の弁証法」とは何かを考えてみる。

 『精神現象学』の「自己意識」の中にある。

 ちなみに自己意識・・・というのはヘーゲルを理解するための非常に重要なポイントだ。

 が、ここではその話はどうでもいい。




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信用取引 その5 [株式投資]


 機関投資家ではないので、年度決算など関係ない。

 慌てることはない。

 事前に決めたポイントだけしっかり守り、あとは静観していればいい。





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信用取引 その4 [株式投資]


 要するに、株は長期的に考えるなら投資だが、短期ではギャンブルの要素が強い。

 信用取引は最長でも半年の勝負なので、なかなか投資にはなりにくい。





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信用取引 その3 [株式投資]


 ときどき自分がギャンブラー体質に変貌しそうな時に気づく。

 ということは元々ギャンブラーなのかも。

 あるいはギャンブラーに憧れている・・・と言ったところか。

 だが、金銭的にそんな余裕はない。

 逆に金銭的に余裕があれば、ギャンブルなんかしないけど。




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信用取引 その2 [株式投資]


 個人的には信用取引は空売りをするためで、レバレッジを狙うわけではない。

 しかし、ついつい勝負に行きたくなる。

 勝負師としての宿命だろうか・・・・って誰が勝負師やねん。




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信用取引 その1 [株式投資]


 現物株の場合はいくら下がっても投入金額の範囲内だからどうでもいいが、信用取引の場合は裏目になったときのダメージが大きいので購入金額(数量)の限度が必要だ。

 例えば、信用買いのときは「半値(or 1/3)になったとしても買付余力で対応できる範囲まで」というような、制約を決めておけばよいと思う。

 要するに「失敗して追加入金するような事態は本末転倒だ」という発想だ。




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果報は寝て待て


 慌てず騒がず、寝て待ちましょう。






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貯める


 貯めるにはどうしたらよいか。

 それは習慣づけることだ。

 毎月の給与からこれだけは貯める。

 賞与からはこれだけは貯める。

 そういう比率を設定して例外を設けない。

 ローンの支払額は除くけれど。





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先立つものは


 先立つものは金です。

 つまり株式投資をする際には、ある程度貯めておく必要がある。

 最低でも100万円。

 できれば300万円くらい。

 しかも資産すべてという意味ではなく、株式投資用として分けられたもの。

 例えば、オレの基準では仮に200万円の余裕資金(家族の・・・という意味ではなく純粋に自分だけで使える金額)があれば、そのうち100万円は株式投資に回してもよい、と決めている。

 残りの100万円は何かのときのために大事に取っておく。

 で、株式投資に回してよい額の中から、一度に投資する額を設定していく。

 そう考えると、なかなか株式投資には手が出ない。

 まずは貯めることを考える。





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ある株を買ってみた [株式投資]


 株式投資の話。

 3/11を過ぎたあたりで、ある株を買ってみた。

 お試しでどうかという感じで、特に根拠はない。

 目標値と損切り値は設定した。




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不安とジョーク


 ラカン『不安』を読んで、気づいたこと。

 ここでのラカンの不安の考え方は、ジジェクによって紹介されたジョークと同じ構図を持っている。






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倒錯的読書


 フィンクを読むために、ラカンを参照する・・・といった極めて倒錯的な読書が、オレにとっては有効な読み方だ。

 つまり、オレたちはこう叫ぼうとしている。

「ラカンはもう要らない。その代わりは・・・いやフィンクさえいれば他に何も要らないのだから」

 そのあと、オレたちは当然のように機能不全に陥る。






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精神分析と哲学との関わり


 カントがモノ自体として思考から排除したモノ・・・・あるいはヘーゲルが捨象しなかったモノ・・・そういうモノが精神分析の中に登場する。

 おそらく、アルチュセールやデリダが積極的に精神分析と関わったのも、それに対する興味というか、彼らのテーマとの類似性が大きいのではないか。

 いずれにせよ、ラカンは徐々に忘れ去られていくだろう。










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大人のビョーキ


 で、ラカンのテーマは大人のビョーキ(倒錯含む)へと移行していく。

 オレにとっては、それは人間の心理的対応能力の豊かさを示す事例としか捉えられない。

 晩年のラカンの扱う事例は、「もはや治らないもの」が多かった。

 それでも彼はムダを承知で、臨床場面に立ちあい、理論化を試みた。

 もちろん無駄が多かった。

 ある意味、それこそが研究者的な態度と言ってもよいだろう。

 ただ、そこに倫理的な・・・今でいう社会責任的な問題が孕んでいたことは否めない・・・と推測する。

 そういうラカンの態度こそ、実はビョーキ的で、かつ倫理的だったりするので始末に負えない。







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精神分析の切り口


 個人的にはビョーキの基になる心理構造(真理構造)が分かればいいので・・・つまり臨床事例と、ある程度リンクすれば良いので・・・ラカンに深入りすることはない。

 オレが知りたいのは、未だ/常に、ビョーキの原因だ。

 だから主体形成論みたいな話ぐらいは抑えておきたい。

 あとは欲望の原因・・・つまり対象aの基本的ないくつかの役割。

 ・・・それらは多くの場合、奇妙な姿で現れる。

 それらは失敗した姿だ。

 何に失敗したのか。

 ・・・大人になることに失敗した・・・というわけだ。





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不安


 ラカン『不安』(岩波書店)の上巻を買って読み始める。

 読み終える予定はない。

 断片的に参照していくつもり。

 このセミネールを読む際の副読本として頭にあるのはアラン・ヴァニエとフィンクの入門書だ。

 他には要らない。

 人によっては向井雅明の『ラカン入門』(これは好著)が合うだろうし、フィンクを読む前のオレならナシオだったりする。

 今は臨床としてドルトを見据えて考えることが多いので、フィンクでも情報過剰かもしれない。

 ご存じのようにラカンは時代によって切り口が違っていて、同じ用語でもその内容が変更されていく。

 それは健全で当たり前のことなんだが、哲学系の人たちには評判が悪いようだ。

 まーそういうのは「大学のディスクール」という限定されたものに過ぎない・・・ということで逃げておこう。


ジャック・ラカン 不安(上)

ジャック・ラカン 不安(上)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: 単行本







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現代分析形而上学


 2015年の将棋年鑑における糸谷先生のインタビュー。

 ただし掲載されたかどうかはわからないとのこと。

 とりあえず見てみよう。

 インタビュアーは島田修二氏。

(引用開始)

―なぜ哲学に興味を持たれたのですか?
「生きるとは考えることだと思っていますので」

―大学で専門にされていたのはどのようなことですか?
「ハイデガーと現代分析形而上学、他には認知系とかですね」

―現代分析形而上学って何ですか?(笑)初めて聞きました
「非常にやっている人が少ない分野です。クワイン辺りから出てきたんですが、簡単に言うと、ペガサスが翼を持つという文言が、我々は真であることを認識するけれども、その基礎をどこに求めればいいのかということをクワインが書いてまして」

―はぁ。
「ペガサスという存在者が実在しないので実在に基礎を求めることはできない。じゃあどうやって基礎を取ってるの?という話で。クワインはペガサスという仮想存在の性質として翼があるから、定義として真だという説明の仕方をするんですが、ただそれをやってしまうと、どんなものでも定義でしか言えないのかという話になります。なんで仮想存在だけにそれを当てはめるのかと。犬や猫もすべて定義から語らなきゃいけないのかということになるんですが、それは間違いなくそうじゃないだろうと。そこでルイスがいったのが仮想世界、というか空想世界を私達は間違いなくどこかに持っていてシャーロック・ホームズがベイカー街B221に住んでいたということを私達は真だと捉えている。空想世界における実在のような話になってきます。それが形而上学ということです。この考え方だと未来世界における真についてもいえるというのが一つの主張です」

―なるほど。

(引用終わり)

 ここでルイスとあるが、デイヴィッド・ケロッグ・ルイスのこと。

 どうやら現代分析形而上学とは、架空の世界を想定した瞬間に「可能世界」として「実在性」を与えてしまおうという発想のようだ。

 そうすることで「言語世界」の確固たる構築性が確保される・・・ということだろう。

 ただまーオレに言わせれば言語世界なんてものは「それだけで自立しているわけではない」と思っているわけで、つまり数学でさえゲーデルの「不完全性定理」みたいなものが考えられてしまうのならば、汚染だらけの言語世界はましていわんや・・・というのがオレの主張だ。

 ではなぜオレたちは「ペガサスは翼を持つ」という文言が真だと「感じる」のか。

 これはオレの立場によるポジショントークなので「絶対的な真理」でないことを理解しながら以下を読んでほしい。

 つまり、「ペガサスは翼を持つ」というのは、ある虚構において共有されるべき前提だから・・・言い換えると、言葉がそのように使用される、ということを前提とした虚構をオレたちはこれから楽しもうとしているのだ・・・というわけだ。

 なので、「ペガサスは翼を持つ」という真は、言語世界で導かれた真ではなく、前提となる真だ、ということになる。

 言葉の使用説というかプラグマティズムというか後期ヴィトゲンシュタインというか・・・そんな立場の意見でしかないんだが、個人的には一番しっくりくる考え方だ。





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帰れない


 二人を残して。





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もう星は


 帰ろうとしている。




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街の灯りが


 消えました。



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