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言葉のあや


 ネットの拾い物。

 オレは渡辺竜王を批判するつもりも擁護するつもりもない。

 これをどう捉えるのかは人によって違うかも。

 報道の側がどう捉えて記事にするのかを含めて考えると、サンプルとして、普通にオモシロい。



産経 10月21日
「疑念がある棋士と指すつもりはない。タイトルを剥奪されても構わない」
と、連盟幹部に強く対応を求めていたことを明らかにした。
http://www.sankei.com/life/news/161021/lif1610210033-n1.html
 ↓
31日、月例報告会後、取材に応じる
 ↓
報知 11月1日01時
「(三浦九段を処分しないなら)竜王戦は指さない(出場しない)。
タイトルを剥奪されても構わない」などと
発言したとされることについても、事実ではないとした。
http://www.hochi.co.jp/topics/20161101-OHT1T50058.html
 ↓
渡辺ブログ 11月1日
・囲み取材を受けましたが、報道された記事でこれでは発言が後退しすぎ
・島さんとの間での言葉のあや
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/776e356c508c722cdef73bf521b5a6df
 ↓
渡辺ブログ 2月13日
・「剥奪でも構わない」という意思はないし、そんな言葉は使っていません
・人づてに聞いたということで
http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/c61fcd5bda232629aeada12e97965e9f






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構想力


 『純粋理性批判』の第二版の書き換えにより、初版では第三の力だった「構想力」は悟性の能力の一つになり下がった。

 つまり、第二版の書き換えがあったからこそ、後のヘーゲルは弁証法を唱えることができたし、ハイデガーは文献の成り立ちを含む詳細を精読するようになった。

 もっというと、その書き換えがなければ、現代のメイヤスーやガブリエルの主張もなされなかった。

 すべてはカントが第三勢力としての構想力を捨て去ったからだ。

 さすがカント。

 素晴らしい。





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