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デリダ的精神分析その3


 脱構築は精神分析に似ている部分がある。

 「真実の配達人」の時のデリダは明らかにラカンの影響を受けていた。

 ラカンの書き方も哲学的に読み取れなくはないので、デリダを含めていろんな人が誤読をすることで、ラカン理論が話題になっていった側面もある。

 まーしかし、ラカンは哲学の周辺・・・周縁・・・もしくは限界・・・を語ることはできても、哲学自体を語る術がない。

 せいぜい「大学のディスクール」と名前を付けるくらいだ。

 なので、ラカンは哲学者ではない。

 デリダも哲学自体を語ることは「不可能」なのかもしれないが、メタ哲学的(メタ形而上学的)な視点で語っている。

 なので、デリダは哲学者だ。






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デリダ的精神分析その2


 オレはあまり政治に関わらない。

 理由は特にない。

 精神分析は政治的ではないと考えているからだ。

 しかし、フロイトもラカンも政治的な側面はあった。

 自らの思想を広めるために。

 そして率いる組織を維持(解体)するために。





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デリダ的精神分析その1


 晩年のデリダは政治的だった。

 なぜならばそれが彼にとってリアルだったから。

 だいたい文化人と呼ばれるヒトのリアルは文化か政治になるようだ。

 で、そういう状態にあるデリダが精神分析を語れば、政治的になる。

 細部をグチャグチャと分析することで全体のイメージを変えていく。

 それは結果的にしろ、政治的になされる等々。


 しかし、どうして文化と政治の二本になるのか、その仕組みがよく分からない。






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現代思想


 ウチにある現代思想のバックナンバーを読み返してみる。

 少し読んでは、ウヒヒヒ、と笑う。

 ときどき読み返すことにしよう。





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浅田彰はもうすぐ還暦


 某月某日、某八重洲ブックセンターで『ゲンロン』という雑誌を立ち読みしていたら、アズマックス(東浩紀)がアキラックス(浅田彰)をインタビューしていた。

 オレは読解力に乏しく立ち読みだけでは読み取れないので、買って家で読む。

 アキラックスの生涯自己総括なんてのは別に誰も読みたくないし、本人だって語りたくないだろう。

 だからまー「ゴルバチョフ以降」のアキラックスの「自己弁護」を読み取ることに集中する。

 弟子筋によるインタビューなので、当然本音半分信者向け半分くらいの言い方をせざるをえないという事を差っ引いても「そういう意味だったのね」的な読み方ができてオモシロかった。

 カンタン・メイヤスーへの批判は実に簡単明瞭で、逆に拍子抜けした。

 旧タイプの実存主義からもっとも遠くにいるメイヤスーを、アキラックスは「反人間主義」「非人間主義」的風潮の中に位置付けている。

 そのようなアキラックスの批判は、「主体という幻想は生きるためにある程度必要だという臨床的要求に、現代文化は応えていない」というオレの発想とリンクする(いや、してなくても良いけど)。

 主体という幻想は他者という幻想と相互依存的に支え合っていて、相互依存的に支え合っていることを臨床的以外に哲学的に語ろうとするなら、人間を中心においた形而上学というかカント的観念論(物自体)を導入するしかないはずだ。

 あとは政治とどう関わるべきか・・・オレは関わるつもりはないけど、アキラックス的な文化人的立場がどう関わろうとするかに興味があったけど、そのあたりは予想通りというか。

 ただデリダの晩年は、脱構築的発想を結構政治的に応用しようとしていたという話は興味深かった。

 ・・・なんてことを考えただけ。






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ドリンク剤


 風邪のひき掛けの時とか、ライブの前、寒いときに、ドリンク剤を飲むことがある。

 効くといえば効くが、気のせいというところもある。

 代わりに玉子酒で充分ではないのか、という気もする。

 いずれにせよ、あまり飲むことはない。





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10月に


 10月に東北方面へ行きます。

 たぶん。






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6月に


 6月に恵比寿へ行きます。

 ライブだ。

 チケットは入手済。






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5月に


 5月に北海道へ行きます。

 遊びに。

 昨年は某イエモンのおかげでぶっ飛んだのがいろいろあって。

 ある意味、リベンジ。



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ネット・コミュニケーション


 つまり、オレたちはまるで意味があるかのようにコミュニケーションを取るんだが、コミュニケーション自体は意味を必要としていない。

 コミュニケーションそのものが意味だ。






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ネットで必要なのは [相互受動性]


 ネットで必要なのはレスポンス。

 インタラクティヴとはそういうことだ。

 しかし、オレはジジェクにならって相互受動性を主張している。

 つまりオレ以外の誰かが書いて、暗闇の中に埋没していく。

 誰かが書いているらしいことがわかればそれでいい。

 書く内容などは、気にしない。

 それがコミュニケーションの本質だったりするんだが、まーどうでもいいか。






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オレたちの好きな戦争


 戦争を好きか嫌いかと聞かれれば、嫌いと答えるけど無意識ではたぶん好きという要素もあるだろう。

 で、世界の情勢は刻一刻と戦争へと向かっている。

 てゆーか、現在は既に部分的に戦争状態の地域がいくつかあって、それが広がると世界大戦へと繋がる可能性がある。

 だから戦争には気をつけよう。






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興行論


 興行論のポイントは、一番広い層にどうやってアピールできるか、で、マニアはどうでもいいってことだ。

 マニアが金を落とすんだから・・・というのは間違いではないが、それは有名アイドルのファンクラブのような一定規模のファン層を囲い込む方法で、移ろいがちな格闘技興行のファン層には当てはまらない。





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観客論


 結局リングの上で何があろうとも、観客の満足度が低いと長続きしない。

 総合格闘技の黎明期にそれを学んだはずなんだが、その経験がうまく活かされていない。







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総合格闘技


 いわゆるガチンコの総合格闘技はオモシロくない試合が多く興行的に長続きしない。

 ボクシングは世界のネットワークがそれなりにできているし、興行を地道に続けていくプロモーターがいるし、何よりも試合が分かりやすい。

 UFCだけがうまくいっているように見えるが、経営者が次々と代わっているので実態はよくわからない。

 有料放送の放映権というのは一般に理解しにくいビジネスだ。

 第二次UWFが解散するとかでもめていたときに、WOWOWが開局コンテンツの目玉として5億円を用意して交渉しようとしていたらしい。

 結局それはリングスが引き継いだようだが。







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神格化


 でもボウイを神格化できない。

 だって、ただのオッサンだから。

 巨大な才能を持ち、それを維持する努力をし、優れた表現をたくさん残したとしても。

 だって、ただのオッサンだから。

 そう、いつまでも苦悩し続ける、ただの・・・。






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晩年のボウイ


 晩年のボウイには勇気をもらっていた。

 歳を取ったらこうすればいい、という姿を示している。

 実にありがたい。

 若い頃の彼は速度が速すぎて、真似できなかった。

 でも、枯れてからの生き方、枯れてから表現することについて、オレを導いてくれる。




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オレたちの大好きなデヴィッド・ボウイ


 久しぶりにボウイをじっくりと聴いている。

 「過去」の一つとして。

 そう、「過去」となってしまったことの悲しみや慈しみを、忘れてはならない。

 変化。

 変わらぬことは変化すること。

 ボウイという役柄・・・役柄というフィクションを通してはじめて生の彼を体験できる、という構造を、彼の表現は顕著に示している。

 つまり、彼はボウイという優秀なメディアだ。

 否、今はそんなことはどうでもいい。

 オレたちの魂はボウイに魅了され、蹂躙され、放棄され、それでもオレたちは彼を求め続ける。

 巨大な星。

 星は、経済社会を円滑に進めるひとつの礎・・・そして捨て石。

 それが星屑となり果てる・・・巨大な星の運命だった。





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序盤の研究


 将棋の話。

 ときどき序盤の研究をする。

 といっても、定跡を確認する程度。

 たぶん、正しい序盤などない。

 自信を持って自分の棋風にあった展開に持ち込めるかどうか。

 それが大切だと思う。




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電車


 電車に乗って徒然と考える。

 いろいろと考える。

 考えすぎると乗り過ごす。





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久しぶりのワナ


 うーん、無意識のワナかどうかはアレだけど、世の中はオモシロい。






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当たり前のこと


 当たり前のことを当たり前にすることは難しい。





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逆転移


 逆転移の一つは、大文字の他者の地位に分析家が当てはまることによって起こる。

 しかし、分析家はそもそも知っていると想定された主体ではない。

 ただ、知識がないと想定された分析家に金を払うか、という問題もある。

 そこら辺のさじ加減が、精神分析的治療が成立するか否かの難しさだ。






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リゾーム


 そういう意味ではリゾーム的なドゥルーズ&ガタリの発想は、「静的な」コミュニケート自体を放棄している部分もあり、「世間で通用する言葉」にあまりこだわっていない。

 それに対してデリダが精神分析にアプローチするときは、「なにか別の」モノを意味付けして縛ろうとする。

 というか、その縛り方をその都度変えていくことで、その都度「世間で通用する言葉」を紡いでいく。

 精神分析自体は「世間で通用する言葉」が「通用しくなっている世界」にいる人と、どう向き合うかが問題になっている。






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無意識は言語のように構造化されている その4


 精神分析の言語的なイメージのよりどころは、母子関係にある。

 まだ言葉のおぼつかない子供に、言葉をかける母親を眺めればいい。

 相互コミュニケートではない。

 子供は理解しているようで理解していない。

 それでもなんとなく互いに意図は伝わったり、伝わらなかったり。

 いくつかの誤解を繰り返しながら、子供は「世間で通用する言葉」を獲得していく。

 精神分析の対象となるのは、単純に言うと子供の時に「世間で通用する言葉」を獲得し損ねた人たちだ。

 あるいは、それを獲得したのに獲得していない時代に退行してしまった人たちだ。

 そのような「失敗」した言葉のあり方が、ラカンのデフォルトの「言語」だ。

 なので、言葉の意味よりも音声的な類似性が強調されている。





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無意識は言語のように構造化されている その3


 というようなことに気付くのはヴィトゲンシュタインのおかげだし、最近だとプラグマティズムのおかげだ。

 言語は、単にそれを使っている人たちがそのように使っているだけだ、というわけだ。

 てゆーか、哲学と精神分析の根本的な差異がそこにある。

 例えば、デリダは精神分析に政治的な香りを付けようとしていた。

 しかし、それは言語が「通常理解されるような形でキッチリしている」ということが前提にある。

 もちろんデリダ自身も「誤配」される手紙のように、言語もズッコケルことがあると感じていたが、それは例外的で、常にズレながらも通常モードではキッチリとしていると考えていた。

 そうしないと相互コミュニケートできないからだ。





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無意識は言語のように構造化されている その2


 言い換えると、構造化に失敗している言語が、そもそもの言語ですよ、と。

 なぜこういう話になるかというと、オレたちが普通に考えている言語のあり方ってのは、大文字の他者に依存し過ぎているからだ。

 これは、金本位制から切り離されたにもかかわらず通貨の信用が安定してるように見える、という神話とまったく同じだ。

 つまり、言語は原則的に正しく扱われているし、これからも正しく扱われていくだろうと。

 それを支えているのは「大文字の他者」という、実存的には亡霊のようなものなのに。




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無意識は言語のように構造化されている その1


 ラカンの「無意識は言語のように構造化されている」という言葉を、少しだけわかりやすく書くと、「無意識は、一部欠如のある言語のように構造化されている」となる。

 要するに、構造化に失敗しているわけだ。

 じゃあそう書けばいいじゃん、と思うが、そう書かない事情がある。

 ラカンは、精神分析的な言語のあり方が普通で、オレたちが通常そう思っているような言語のあり方の方が特殊だと感じていた。





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待機中 [superfly]


 そういえば昨年末に superfly の活動休止が正式に発表された。

 じっくり治してくれればそれでいいし、以前のような声に戻らなくてもそれでいい。

 オレにとってsuperfly はただの歌の上手いおねーさん・・・・ではないからだ。

 良い曲を素晴らしいバンドとともに提供してくれるユニット・・・だと思っている。

 そして、superfly の完成形はずっともっと先にあるはずだ。

 なので、今の段階ではバンドアンサンブルとしてのクオリティがある程度戻れば復活だと思う。

 というわけで、オレは待つ。






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ジャンルその4


 80年代に入るとブラック系のダンスミュージックが台頭し、チャートを席巻し始める。

 ロックもその影響を受ける。

 というか、ロックの要素が拡散し、ジャンルを逸脱し始める。

 例えばファンクとロックは簡単に融合した(レッチリとか)。

 ラップ的なものとロック的なものは簡単に融合した(RUN-DMCとかPEとか)。

 スティーヴィーワンダーはそれほどロックしていなかったが、プリンスは明らかにロックの要素を・・・ロック・ギターの要素を導入していた。

 というわけで、進化してきたロック自身が、一つの要素として吸収されていった。

 それはそれで健全な姿だ。




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