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オレたちの大好きなデヴィッド・ボウイ


 久しぶりにボウイをじっくりと聴いている。

 「過去」の一つとして。

 そう、「過去」となってしまったことの悲しみや慈しみを、忘れてはならない。

 変化。

 変わらぬことは変化すること。

 ボウイという役柄・・・役柄というフィクションを通してはじめて生の彼を体験できる、という構造を、彼の表現は顕著に示している。

 つまり、彼はボウイという優秀なメディアだ。

 否、今はそんなことはどうでもいい。

 オレたちの魂はボウイに魅了され、蹂躙され、放棄され、それでもオレたちは彼を求め続ける。

 巨大な星。

 星は、経済社会を円滑に進めるひとつの礎・・・そして捨て石。

 それが星屑となり果てる・・・巨大な星の運命だった。





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序盤の研究


 将棋の話。

 ときどき序盤の研究をする。

 といっても、定跡を確認する程度。

 たぶん、正しい序盤などない。

 自信を持って自分の棋風にあった展開に持ち込めるかどうか。

 それが大切だと思う。




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電車


 電車に乗って徒然と考える。

 いろいろと考える。

 考えすぎると乗り過ごす。





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久しぶりのワナ


 うーん、無意識のワナかどうかはアレだけど、世の中はオモシロい。






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当たり前のこと


 当たり前のことを当たり前にすることは難しい。





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逆転移


 逆転移の一つは、大文字の他者の地位に分析家が当てはまることによって起こる。

 しかし、分析家はそもそも知っていると想定された主体ではない。

 ただ、知識がないと想定された分析家に金を払うか、という問題もある。

 そこら辺のさじ加減が、精神分析的治療が成立するか否かの難しさだ。






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リゾーム


 そういう意味ではリゾーム的なドゥルーズ&ガタリの発想は、「静的な」コミュニケート自体を放棄している部分もあり、「世間で通用する言葉」にあまりこだわっていない。

 それに対してデリダが精神分析にアプローチするときは、「なにか別の」モノを意味付けして縛ろうとする。

 というか、その縛り方をその都度変えていくことで、その都度「世間で通用する言葉」を紡いでいく。

 精神分析自体は「世間で通用する言葉」が「通用しくなっている世界」にいる人と、どう向き合うかが問題になっている。






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無意識は言語のように構造化されている その4


 精神分析の言語的なイメージのよりどころは、母子関係にある。

 まだ言葉のおぼつかない子供に、言葉をかける母親を眺めればいい。

 相互コミュニケートではない。

 子供は理解しているようで理解していない。

 それでもなんとなく互いに意図は伝わったり、伝わらなかったり。

 いくつかの誤解を繰り返しながら、子供は「世間で通用する言葉」を獲得していく。

 精神分析の対象となるのは、単純に言うと子供の時に「世間で通用する言葉」を獲得し損ねた人たちだ。

 あるいは、それを獲得したのに獲得していない時代に退行してしまった人たちだ。

 そのような「失敗」した言葉のあり方が、ラカンのデフォルトの「言語」だ。

 なので、言葉の意味よりも音声的な類似性が強調されている。





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無意識は言語のように構造化されている その3


 というようなことに気付くのはヴィトゲンシュタインのおかげだし、最近だとプラグマティズムのおかげだ。

 言語は、単にそれを使っている人たちがそのように使っているだけだ、というわけだ。

 てゆーか、哲学と精神分析の根本的な差異がそこにある。

 例えば、デリダは精神分析に政治的な香りを付けようとしていた。

 しかし、それは言語が「通常理解されるような形でキッチリしている」ということが前提にある。

 もちろんデリダ自身も「誤配」される手紙のように、言語もズッコケルことがあると感じていたが、それは例外的で、常にズレながらも通常モードではキッチリとしていると考えていた。

 そうしないと相互コミュニケートできないからだ。





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無意識は言語のように構造化されている その2


 言い換えると、構造化に失敗している言語が、そもそもの言語ですよ、と。

 なぜこういう話になるかというと、オレたちが普通に考えている言語のあり方ってのは、大文字の他者に依存し過ぎているからだ。

 これは、金本位制から切り離されたにもかかわらず通貨の信用が安定してるように見える、という神話とまったく同じだ。

 つまり、言語は原則的に正しく扱われているし、これからも正しく扱われていくだろうと。

 それを支えているのは「大文字の他者」という、実存的には亡霊のようなものなのに。




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